プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第57回

変革期にリーダーが直面するジレンマ

設計のマネジメントフリーは、テレワークのためには欠かせないものであることを述べてきました。設計部門も、製造部門と同様に機械化、自動化、無人化などの取り組みにより複雑からシンプルへの流れが進行します。そして、テレワークはDX化という時代の潮流の一部ですから、これらが同時に進行することになります。
前回は、マネジメントフリーのために設計プロセスの機械化、自動化、無人化などを進めるとプロセスがシンプルになり、そのような動きが業界全体に波及することになる。そうすると差別化が難しくなり、合理化投資の販売価格への反映(投資回収)が難しくなる。つまり、プロセスのシンプル化が商品の差別化を阻害することになる、リーダーとしてあちら(シンプル化)を立てればこちら(差別化)が立たず、といったジレンマを生むことになる。そのようなことを述べました。
今回は、似たような状況にあるわが国の自動車業界のジレンマを述べることにします。変革期において現在のビジネスの成功は、新しい潮流にうまく乗るためには足かせになるようです。
まずは、世界の状況とわが国の自動車業界の状況を列挙してみます。

【1】2020年に世界で販売されたEV電気自動車は前年比40%増
ここでEVとはハイブリッド車(HV、PHV)などのようにガソリンを燃料とするエンジンで動くクルマではなく、電池とモーターで動く電気自動車のことです。

IEA報告書によれば、2020年に登録されたEV台数は世界全体で300万台と記録的な数に上り、前年比で41%増となった。この傾向は2021年も衰えず、1月から3月までの第1四半期に登録されたEV台数は前年同期比で2.5倍だ。
その牽引力となったのは欧州と中国における好調な売上で、EV販売台数はそれぞれ約45万台と50万台だった(出典 Forbes Japan 2021/05/19)。


自動車全体の販売台数からみると3%程度と思われますが、EV増加の世界的な傾向がわかります。

【2】わが国の自動車業界の状況
本連載の第49回50回(いずれも番外編)で、「今そこにある自動車業界の危機」として取り上げました。世界の潮流は、もはやガソリンを燃料とするエンジンで動くクルマでは無いと述べました。その後、わが国で朗報がひとつだけありました。4/23にホンダは、2030年までに世界販売の2/3を、2040年に100%を電動化すると発表しました。世界の潮流にそって舵をきった決定を発表したのは、今のところホンダのみです。

トップメーカーであるトヨタの動きは、相変わらず世界の潮流とは無関係に迷走しています。わが国産業界の最大の稼ぎ手として、問題点は二つあります。

その1:EVとして販売できる商品が全く無いこと。ドイツVW社はトヨタと世界のトップを争っていますが、2020年のEV販売台数は20万台を超えています。これは米国テスラ社50万台に次ぐ第2位の実績です。
その2:自動車用としては全く見込みが無い、燃料として水素ガスを使うことにこだわっていること。まず、既に発売済みのミライのような燃料電池式電気自動車(FCV)があります。FCVは、クルマに発電装置がついているのでEVとは全く異なるものです。発電装置がつくので、その分、構造が複雑になりコストも高くなります。もうひとつは、24時間耐久レースで走行した水素ガスをエンジンで直接燃焼させる「水素エンジン自動車」です。これは、エンジン(内燃機関)が従来どおり存在します。クルマの構造そのものが複雑なままでシンプルになりません。
複雑からシンプルに、という流れに逆行します。

このような二種の水素ガスを使った取り組みは、余力のある大企業として研究の意味はあるのでしょう。とはいえ世界的な競争においては明らかな迷走と言えます。EVへの大転換の時代に優先順位の高い課題は他にあるのですから。トヨタがEVではなく水素ガスへこだわり続ける意図が筆者には全く理解できません。

【3】欧州のメーカーが脱炭素でEVへ集中できるのは
欧州のメーカーは、ハイブリッド車ではトヨタに完全に敗北しました。ディーゼル排ガス規制では技術開発に遅れをとり各社ともそろって不正行為に走りました。排ガス規制でも日本メーカーに完敗しました。ドイツのメーカーは、脱炭素で生き残る道はEVしかないことに気づかざるをえませんでした。政府の方針と協調しEV路線へそろって舵を切ることに大きな迷いは無かったと思います。

その点、トヨタはハイブリッド車の大成功がありました。何とかその延命をはかりたいことでしょう。EVに転換すると、クルマの構造がシンプルになるので余剰人員の発生、部品メーカーの存続、そして利益率の低下などの問題が待ちうけています。現在のビジネスの成功は新しい潮流に乗り換えるためには足かせになる、悩ましい状況であることがわかります。

【4】変革期にリーダーが直面するジレンマ
ホンダは世界の潮流にそって全面的にEV化へ舵をきる方針を決定しました。全面的にEV化できるまでの過渡期をどうするか、さまざまな問題を解決するための悩みはあるでしょうが、方針は明確に決まりました。方針に関するジレンマは何も無いことでしょう。余計なことに悩まなくてすむ分、企業全体の生産性は上がることになります。トップリーダーの意思決定は、当然のことながら企業の生産性を決めることに直結します。

ジレンマに直面したとき、これまでのビジネスの成功や失敗に囚われないことはもちろんです。製造業であれば科学と技術、そして論理の面から考える必要があります。本稿で繰り返し使った「世界の潮流」とは、どちらかと言えば主観的なものになります。変革期のリーダーは、取るべき方針が客観的な評価に耐えるかどうかをつねに自ら吟味する必要があります。その結論が直面するジレンマを解決することになるでしょう。