プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第50回 回り道でカイゼン(3)

今そこにある自動車業界の危機 ~蟻の穴から堤も崩れる

前回は「プロジェクトでカイゼン」の番外編、回り道でカイゼン(2)でした。「今そこにある産業界の危機」として、電気自動車への転換という正念場を迎えたわが国自動車産業の課題を述べました。今回はわが国のエレクトロニクス業界が凋落した始まりは「蟻の穴から堤も崩れる」だったことを紹介します。
世界の潮流は電気自動車(EV)への全面的な転換が見えてきました。それにも関わらず、わが国の自動車業界はトップ企業のトヨタを初めとして世界の潮流に背を向けているようです。自動車をとり巻く大変革期に世界の潮流を無視すると、「蟻の穴から堤も崩れる」事態の再来になることを恐れます。

【1】きっかけは液晶テレビだった
・・トリニトロンテレビが液晶テレビに負けるはずがない。
ソニーの研究開発部門の技術者だったOB氏によると、社内にはこういう風潮があったそうです。当時、国内で液晶パネルの生産を手がけていたのはシャープだけであり独占的存在でした。ソニーやパナソニックなどでは研究してはいたものの次世代技術として位置づけ本格的な設備投資をするまでは至っていませんでした。現在から当時を振り返れば「・・に負けるはずがない」は単なる思い上がりでした。

このような技術についての思い上がりは、変革期には必ずと言ってよいほど存在します。
・・ハイブリッド車がプアーな性能の電気自動車に負けるはずがない、などのように。

【2】液晶パネルをサムスンから購入
液晶の設備投資をしてこなかったため、ソニーはテレビ用の液晶パネルを韓国のサムスンから購入することにしました。世界的に液晶テレビの時代になっていましたから、商品として液晶テレビが欠けることはブランドとして致命的なことになります。テレビ事業を維持するために苦渋の決断だったことでしょう。2004年には液晶パネル生産のためにサムスンとの合弁企業を立ち上げています。これで液晶パネルの安定供給が確保できることになりました。ようやくひと安心できました。

【3】サムスンがソニーに勝った?
ところが、思わぬ風が吹き始めました。「サムスンがソニーに勝った」という風潮が湧き起りました。商品の核となる部品ではあっても、これを購入するだけで勝った、負けたとは大げさ過ぎました。この時点でもシャープは液晶を武器に健闘していましたし、ソニーが負けたということではなかったはずです。しかし、その後の展開をみるとこれが日本のエレクトロニクス産業衰退のきっかけ、つまり堤の蟻の穴になりました。その穴は次世代技術の開発遅れ→設備投資せず→部品生産できず→部品の購入、といった流れで穴となりました。1~2年後には米国出張のホテルなどでソニーのテレビに替わって韓国製の液晶テレビが目につくようになったそうです。

OB氏の述懐は続きます。

液晶テレビの部品購入が遠因となって、エレクトロニクス業界全体の敗北につながっていった(2013年貿易収支が赤字に転落)。この後、サムスンが巨大企業に成長することになった。
クルマの場合、カギになるのは電気自動車(EV)だ。米国市場で日本のハイブリッド車(HV)が少しでも負けると「トヨタが負けた!」の大合唱が起こる。そして、それは「日本が負けたキャンペーン」の始まりになるだろう。凋落したエレクトロニクス業界にいた者からはこのような筋書きがよく見える。当時は、エレクトロニクス業界が衰退してもわが国には稼ぎ頭の自動車業界が健在だった。自動車業界は同じ誤りを犯さないよう、世界の潮流を先入観無しに見きわめてもらいたい。


前回も紹介しましたが、ここでEV化の潮流についての情報を追加しておきます。

【4】自動車業界に迫る潮流(追加)
1.米国バイデン政権のグリーン革命
2035年までに電力のCO2排出実質ゼロ、充電ステーション50万箇所設置、全ての公用車を排ガスゼロに、などを発表しています。 ただ、米国でのEVの普及は大都市部を除き、日本や欧州などの他の国々よりかなり遅れると思われます。広大な国土では航続距離が500~600KMは当たり前でしょうから、EVの弱点がどう克服されるかにかかっています。米国にはこういう事情があります。EVの将来動向について米国だけを見ていると判断を誤ると思われます。

2.米国テスラ社 モデル2を発表
上海のギガファクトリーから供給されるモデル2はVW社のID 3のライバル機種として開発。焦点となる航続距離は日産リーフをやや上回るレベルで260万円という価格が話題を呼んでいます。
発売日は未定ですが、これが事実だとするとわが国の自動車業界へ強烈な影響があると思われます。EV購入に際して、国や地方自治体の購入補助金があります。これを使えば200万円を下回る金額で買うことができます。軽自動車にもライバルが登場することになります。
EVは構造がシンプルなので、テスラのような新規参入者でもこのような影響力ある商品を提供できるわけです。また、EVユーザーの声として「これからはEVの時代」という感想も多くなりました。

一般論としては世界がやっているからといって、たんに追随することは無いと思います。しかし、ビジネスの基本はコストと顧客優先です。顧客が求めているものを提供するという立場から、わが国の自動車メーカー、とくにトップのトヨタについては冷静に世界の潮流を見極めた判断をしてほしいと願っています。