プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第49回 回り道でカイゼン(2)

今そこにある産業界の危機 ~正念場を迎えたわが国自動車産業の課題

「プロジェクトでカイゼン」の番外編、「回り道でカイゼン」をお届けします。今回は「今そこにある産業界の危機」です。電気自動車への転換という正念場を迎えたわが国自動車産業の課題を述べることにします。

【1】産業界の危機とは
1990年代、わが国の自動車やエレクトロニクス業界は圧倒的な競争力をもっていました。ここで自動車の優位性は現在においても変らず競争力は健在です。ところがエレクトロニクス業界の凋落を印象付けたのは2012年です。ソニー、パナソニック、シャープなど3社がそろって大幅な赤字を計上したからです。この頃から業界の貿易収支が赤字に転落しました。年間10兆円も稼いでいた産業が消滅したのです。その原因はさまざまな分析がなされています。筆者はそのような分析とは別に「蟻の穴から堤も崩れる」現象が起きたと考えています。それは別途この続編でお伝えすることにして、自動車業界にもまさにそのような現象の予兆があります。日本経済を支える大黒柱がエレクトロニクス業界のように崩壊することは、まさに産業界の危機と言えます。

【2】自動車業界に迫る電気自動車化(EV化)の大潮流
象徴的なニュースを二つ取り上げます。日本のソニーとドイツのフォルクスワーゲン(VW)の話題です。

1.ソニーがEVの試作モデルを発表
ソニーの強みである高性能の画像センサーや人工知能を装備し自動運転「レベル2」を備える。市販の予定は無いとしているが「クラウドやネットワークとの関係を含めて移動空間をどう作り上げるのかを高めていきたい」とのこと。
米国アップルもEVに取り組んでいますが、従来のような単なる移動だけの機能とは別ものを考えていることでしょう。ソニーの狙いと重なります。いずれも従来の自動車メーカーが分担した範囲を超えています。クルマは単なる移動手段ではなく、ネットワークやAIなどの先端技術を装備し自動運転が当たり前になるということでしょう。
アップルが狙うのは、例えば自動運転の世界標準でしょう。ISOのようなものを握ることができれば、アップルとしてはスマホビジネスの再来です。製造はすべて外注でかまわない。自動車メーカーは単なる下請けになることも想定されます。

2.VWは2030年までに全面的にEVへ転換
ドイツのメーカーはディーゼルエンジンへの未練が断ち切れませんでしたが、ついに決心したようです。2030年までに全面的にEVに転換する。そのためにVWはバッテリー専門の工場も2箇所建設するそうです。(ドイツZDFニュースから)
ドイツはハイブリッド車(HV)もEVも、いずれも明らかに出遅れました。ここにきて考えを改めたようです。生き残る道はEVしか無いのだと政府の方針と一致しました。出遅れた分だけ、VWの決断は明快です。自動車生産台数世界トップクラスのVWの決断は業界のEV化の流れを加速することでしょう。

二つの話題から、
米国では自動運転に関わる世界標準を狙う動き
ドイツ(欧州)ではEV化の流れを加速する動き
環境、技術、ビジネスすべての面で迅速な対応が必要になっていることが読みとれます。

それでは技術面を含め、名実共に世界トップを誇るわが国の自動車業界の動きはどうなっているのでしょうか。筆者から見ると、トップ企業のトヨタを初めとして明快なメッセージは全くありません。それはともかく、日本の自動車業界がこの20年ほどでなし遂げたことを列記してみます。

【3】日本の自動車業界が成し遂げたこと
トヨタ初のハイブリッド車「プリウス」は1997年にデビュー後、またたく間に世界的な普及を遂げ大きな燃費改善に貢献しました。その後もプラグインハイブリッド車(PHV)などのバリエーションも充実し世界的に確固たる地位を築きました。国内と海外いずれにおいてもライバルの存在を許さない業績を続けています。
トヨタは、ハイブリッドの他にも水素を燃料とする燃料電池式電気自動車(FCV)も開発し、2014年に市販車を発売しています。また、トヨタはFCVの基幹システムを中国で現地生産すると発表(2021年3月)合弁会社を設立するそうです。

自動車業界の代表としてトヨタのことを書きました。トヨタ以外の各社にもそれぞれの「偉業」があります。そもそもわが国の特長は多様性です。自動車各社でそれぞれの方針があるのは理解できますが、多様性とは悪く言うとバラバラでまとまりが無いことでもあります。業界として、基本的なところでは共通の方針をもつといったことができないと、世界の競合に打ち勝つことはできないと危惧します。前提として世界の潮流についての理解はあるのだろうかと疑問がわきます。世界の潮流はEVへの転換であり、日本の方針はそれにぴったり合わせることです。

【4】世界の潮流に合わせる
地球環境問題を解決する方向として、自動車に化石燃料を使うことはもはやありえないことです。暫定期間に限り化石燃料を使う案は日本にはとくに許されず、単なるわがままとしか受けとられません。自動車の全般において最も優位にある日本は、世界の競合する国々から好意的な目線は全く期待できません。
日本は世界の潮流にぴったり合わせることが基本方針となります。そのうえで「すべてがEVに転換する」ことを前提にして、早急に目前の課題に取り組むことが必要になります。

1.EVの基本的な課題
電池の性能向上とコストダウン、電池のリサイクルと廃棄の問題解決

2.EV自動運転の課題
従来の自動車メーカーとして手がけてこなかった課題

3.電力インフラの課題
国家的課題ですから政策と連動します。原油、天然ガス、石炭などエネルギー資源のほとんどを海外からの輸入に頼るわが国は、太陽光発電の活用に有利な面が多いと思われます。

現代社会は化石燃料とそれを使う内燃機関の組み合わせを前提としてそれにフィットするようになっています。しかし、その前提をやめることが至上命令になっています。さまざまな不具合があるからといって避けることはできません。過去の「偉業」の数々に囚われることを直ちにやめて課題に取り組まないと世界の潮流に乗れなくなります。稼ぎ頭の自動車産業がエレクトロニクス業界のように崩壊する危機が目前にあります。

世界の潮流は急速に動いています。繰り返しになりますが、環境、技術、ビジネスすべての面で迅速な対応が必要になっています。過去の偉業にこだわっている時間はありません。