脱力・カイゼントーク 第8回

先回の在庫削減の話の続きで今回は適正在庫についてお話しします。

自動車部品製造のA社でカイゼンをしていた時のことです。社長が「そろそろ我が社の適正在庫量を見直す時期かもしれませんね」と提案されました。適正在庫量とは「在庫が欠品しないこと」と「過剰在庫にならないこと」の両方を満足する適切な量ということです。以前、A社では部品欠品による生産遅れが多発していましたが、発注方法のカイゼンなどをして在庫を増やさずに欠品をなくすことができ、生産遅れはなくなり順調な生産が続いていたのです。しかし社長はその「順調さ」はカイゼンして不必要になった在庫がそのまま現場にあり、問題を隠し始めているからではないかと感じたようでした。現場をチェックすると予備として残してある不要な在庫がたくさん見つかりすぐにカイゼンされました。在庫欠品のカイゼンに続いて、余剰在庫のカイゼンも迅速に行われ適正在庫の見直しに成功しました。

自動車業界ではトヨタ生産方式が普及しているので、在庫は少ない方が良いという考えが定着しています。「在庫は罪固」という言葉が使われることもある業界であり、私が以前にカイゼンを通じて出会った自動車系の会社のほとんどが常に適正在庫量を下げる活動をしていました。自動車業界だけでなく他の多くの産業でも、適正在庫は少ない在庫で生産を達成するための基準であったと思います。それができた背景には、国内部品に限らず海外部品であっても迅速に調達できる仕組みが発達し、より少ない在庫で生産を行えるようになったことがあります。

しかし、最近では予測できない大きな変化が相次いでおり、これまでの安定した状況が一変しています。新型コロナ感染拡大や戦争などの影響で、スムーズな調達の前提であったサプライチェーンが十分に機能しなくなり、これまでのような安定した材料や部品の納入が難しくなりました。また、急激な為替変動により輸入品の価格が急騰するということも起きました。更にはデジタル化の進展や電気自動車の普及のような市場の変化により、半導体の供給が不足しています。その結果 、注文してもモノが買えなかったり、買いたくても高くて買えなくなったりということが普通に起きるようになってきています。自動車など電子部品を多く使う製品は生産に大きな遅れが発生し、今でもその遅れを取り戻し切れていないところが多いようです。

こうした新たな大きなリスクが生れたことによって、これまでの適正在庫の考え方を変える必要が出てきています。在庫を早め多めに持つことは良くないこととされて来ましたが、実行せざるを得ない状況も起きています。今後は一部の製品においては余分な在庫を持つことが重要になることもあります。例えばレアメタルのような日本には存在しない素材は、安く入手できる時に買いだめして希少価値品を資産として持つことも適正在庫として評価されることになると思います。もちろん逆もまた真なりということもありますから注意が必要です。適正在庫はこれまでは工場内の在庫管理で考えられてきましたが、これからは市場全体を見渡して適度な余剰なのかそれとも過剰なのかの経営判断をする必要があります。

最後に、この件に関係するカイゼンの事例をご紹介いたします。生産設備製造B社では適正在庫の見直しを容易にする見える化カイゼンをしています。B社ではこれまでは一般的な考えで適正在庫を設定して生産を行ってきましたが、ここ数年に起きた半導体不足やサプライチェーンの劣化による供給不安から、必要と思われる部品の調達はこれまでのチョビチョビギリギリの調達方針を撤回して、モノによっては1年分以上の在庫を持ちました。その結果、もし実行しなかったらばお客様のご要望に応えられなかったはずの危険を見事に回避しました。この判断は明らかに正解であったとのことです。しかしある程度の見通しが付き始めた現在、改めて倉庫を見るとやはり買い過ぎて動いていない部品も目に付いたのです。なぜ目に付いたのかというと、このような買い方をした部品の棚表示のラベルの色を変えてあったからです。

社長を筆頭に幹部の皆さんと倉庫のモノの状態を見て回った時に、今回のモノの買い方の判断は間違いではなかったけれど、それを正当化するのではなく、余ったモノをどうするかということと、この経験を次の発注方法のカイゼンに活かせないかという議論になりました。もちろんシステムを使えばそれらを特定することはできますが、やはり現場で現物を目で見ながらそれらを特定することで、どうすればいいかのアイデアがその場でドンドン出ました。見える化の力はすごいと思いました。