プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第98回 番外編

番外編(4) こなす技術とさばく技術

前回は番外編(3)として、文書記録の蓄積が論理的思考を高めることを述べました。とくにわが国の戦国時代に渡来したスペインやポルトガルの宣教師たちの本国への業務報告書の質量ともに充実していたことを紹介しました。また、テレワークの進展は必然的に文書記録の重要性を高めることになります。上司、同僚や部下などとリアルな会話は基本的にごく限られますから、ほとんど全てが文書記録によることになるわけです。従って、論理的思考を高めるためにテレワークをきっかけにすることをお薦めしました。
今回はわが国の仕事の進め方においてハイレベルに属するこなす技術とさばく技術について、それぞれを論理的思考の観点から説明することにします。

【1】こなす技術とさばく技術
こなすは「熟す」と書きます。
熟練という言葉もあるくらいですから、熟すの意味はわかりやすいですね。自分の専門の知識や経験を活かしてものごとを処理し、問題を解決する。これの極致、最高レベルとして匠や名工などがあります。本連載の第96回番外編(2)で「三つのスキル」を紹介しました。そのうちのテクニカル・スキル(業務遂行のスキル)に相当することになります。

さばくは「捌く」と書きます。
魚を捌くと言います。まさにこれですね、うまく処理する、あるいはからんだりもつれたりしているものを解きほぐす。念のためですが「裁く」とは異なります。捌くとは自分の専門外のことであっても、問題解決の糸口を見つけ、解決の方向を描く。三つのスキルで言えばコンセプチュアル・スキル、つまり全体観のことです。

従って、経営者を含め組織を束ねるリーダーとしては熟す技術(テクニカル・スキル)は必ずしも必要ではないが、捌く技術(コンセプチュアル・スキル)は必須となる。三つのスキルを提唱したロバート・カッツはこのように説明しています。米国の経済学者カッツは三つのスキルを提唱しました。他方、熟すと捌くはわが国の仕事の進め方のひとつです。国は異なってもそれぞれが似たようなことを訴求していることを興味深く感じます。

【2】熟す技術の課題
製造業に限らずどのような企業や組織にも、匠、名工、名人芸などが存在します(以下、名人芸と総称します)。名人芸をそのままにしておくと、組織の知的資産はその人たちがいなくなると失われることになります。これが、まず誰にでもわかる明らかな問題でしょう。これを解決するためには、当の本人たちを巻き込んだ取り組みが欠かせません。次のようなやり方が考えられます。

  ①名人芸の本人が後輩を育成する・・レベルとして名人芸の70~80%を目指す
  ②名人芸を分解・解析して容易化する・・チームまたはプロジェクトで取り組む
  ③名人芸を不要とする製品やサービスを開発する・・プロジェクトで取り組む

DXの時代は変化の時代でもあります。名人芸は必ず陳腐化または不要になるときがきます。それは間違いなく時間の問題です。名人芸として通用するうちに次の展開に備えることが欠かせません。このような備えの取り組みにおいては、論理的におかしいことは自動的に排除される傾向があるようです。それもまた、論理的思考を磨くための良い機会になります。

【3】捌く技術をレベルアップする
直面する課題または将来の課題を考えてみる、これはいつでもどこでも機会があります。例えば、アウトソーシング(外注)があります。海外に移転したものを再検討し内製化する、あるいはその逆もあります。コストダウンのために選択した外注化だったが、元に戻すことにはどのような得失があるだろうかを検討する。必ずしもコストだけを重視することは何かを失うことになっていないか、などと検討を進めることができます。

この検討に際しては、様ざまな立場の人がいることが望ましいのです。最終的な判断は必ずするわけですが、そのための情報は様ざまに多様なものがあるのが良いことです。異論続出の中から何かを選択する、あるいは方向を転換する。これはまさに捌く技術そのものを磨くことになります。論理的思考をレベルアップするために、その手の本を読むことも相応の効果はあるでしょう。筆者としては、それよりもこのような現場の討議を大切にすることをお薦めします。

【4】真似をした時点で世界一はあり得ない
ホンダ・スピリットを示す言葉です。世の中には二番手商法というスタイルがあります。うまくいった他社を見習って同じような製品やサービスを提供することをそう呼んでいます。ずいぶん昔のような気がしますが、ときの政府が事業仕分けというイベントをやりました。そのとき「二位じゃダメなんですか」と言った政治家がありました。もちろん、二位ではダメなのです。二番手に甘んじているうちは一流にはなれません。そのうち、三番手に落ちていくことになるでしょう。

少なくとも、何かにおいて部分的にでも真似しない独自のものがあることが存続のための必須条件と言えます。日本は社会インフラが高度に維持されている世界でトップクラスの先進国です。二番手や三番手商法は開発途上国ならマッチするかもしれませんが、わが国が今後追求するスタイルとは思えません。独自のものを追求するためにも、論理的思考のレベルアップが必須となります。