前回は、変革期にリーダーが直面するジレンマとしてこれまで世界で首位を争うレベルになったわが国の自動車業界、とくにトップ企業であるトヨタのジレンマを述べました。現在のビジネスの圧倒的な成功は、新しい潮流にうまく乗るためには足かせになること、ホンダのように明確に舵をきればジレンマは解消することなどを述べました。
今回は、変革期におけるリーダーの舵取りについて、電気自動車(EV)への大転換を迎えた自動車業界の状況について述べることにします。
本稿の初めにトヨタの「ジレンマ」と書きました。しかし、当事者としてはジレンマなど無いのかもしれません。筆者はEVへの大転換は自動車業界の一大潮流と考えていますが、その流れには乗らない行き方もありえます。まずここから考えてみます。
ここでEVとはハイブリッド車(HV)などのようにガソリンを燃料とするエンジンで動くクルマではなく、シンプルに電池とモーターで動く電気自動車のことを指しています。
【1】潮流に逆らうリスクは大きい
前回、「世界の潮流」とは主観的なものと述べました。業界でEVが主流となりそうでも、トヨタのようにあえて従来のHV(ハイブリッド車)で対抗するという主観的な作戦はありえます。しかし、トップを争う企業としては大きなリスクが避けられません。独VW社を筆頭に欧米企業の「連合軍」と孤軍奮闘することになるからです。連合軍とは、象徴的な例えです。強いトヨタは、業界のどの企業から見ても邪魔な存在です。ライバルを含め他の企業はすべて「連合軍」になる、ということです。
【2】EVで勝負しないと情報戦で負ける
世界でトップを争うほどの巨人であるトヨタがEVに消極的であれば、情報戦で不利な立場に立たされる、つまり悪い評判を集中されることになるでしょう。
本連載第50回でとり上げた「ソニー敗北」の例がありました。韓国サムスンから液晶テレビのパネルを購入したら、何と結果的に「サムスンがソニーに勝った」ことになってしまった。液晶テレビの部品購入が遠因となって、わが国のエレクトロニクス業界全体の敗北につながりました。
トヨタは水素ガスを使ったFCV(燃料電池式電気自動車)をアピールしていますが、EV主流の業界では何の援軍にもならないでしょう。EVに対して構造が複雑で、しかも燃費もさえないからです。
欧米のメーカーは国策と協調してEVへの転換を進めています。主戦場はEVなのです。トヨタHVの燃費がいくら良くても、航続距離がEVを上まわってもEVで真っ向勝負しない限り「トヨタはEVが苦手」、そして「トヨタが負けた」という情報戦に対抗できません。
【3】EVのカギは電池にある
19世紀の米国西部のゴールドラッシュで、採掘者ではなくその周辺でのビジネスが成長しました。ジーンズメーカーのリーバイスは有名ですね。パソコンでは本体メーカーよりも半導体部品メーカーであるインテルなどがビジネスの主導権をもっています。
EVビジネスそのものは、従来のエンジンが不要ですから参入障壁はうんと低くなります。その代わりにEVの商品性のカギになる重要部品は電池です。現在はリチウムイオン電池が主流ですが、液体を使わない「全固体電池」の研究開発が世界の各社で活発になっています。
大容量化や長寿命化が期待されるからですが、ここでもトヨタはパナソニックと合弁企業を立ち上げ全固体電池の開発を進めると発表しました(2020.02.04)。
さすがに抜けは無い手配りです。とはいえ、開発には時間がかかります。当面は従来のリチウムイオン電池が業界の主流でしょう。世界のEV販売台数は昨年300万台でした。ライバルとなる独VW社は20万台、米テスラ社は50万台を発売しました。今年の1~3月期は前年同期比2.5倍だったそうですから、昨年よりもさらに増えるでしょう。その状況でトヨタはガソリンを使うHVで対抗することになります。トヨタがEV路線に切り替えるとして電池調達だけに限ってもかんたんにできることではありません。
さらに電池の次には自動運転の問題が待ちうけています。
【4】EV自動運転の世界標準
わが国ではホンダが世界初となる自動運転のレベル3(Tier3)を達成した市販車を発表しました(2021.03.04)。これは、従来のガソリンエンジンによるものです。自動運転となるとアップルやグーグルなどが参加してEVによる自動運転の世界標準を主導しようとするでしょう。
これまでの自動車においては、設計や製造はもちろん運転操作や法規制などが長い歴史の中ですべての「標準」が形成されてきました。国情による差異はあるものの、世界標準は存在しています。
ところが自動運転となると別世界となります。何を自動と言うのか、どこまで自動にするのか、事故発生時の責任はどうなるのか等など異次元の世界があります。そこに世界標準の必要性があります。パソコンのOSは世界標準の一例ですね。つまり、自動運転のデファクトスタンダードを握る戦いが待ち受けています。
ここで、わが国のスタートアップ企業である「ティアフォー」(設立2015年12月、本社名古屋市)が自動運転OSを開発し世界標準を目指して無償で公開しGAFAに挑戦するそうです。わが国のためだけでなく世界のためにも、まずはわが国の自動車業界の大きな支援が必要となります。とくにトップメーカーであるトヨタに大きな期待が寄せられることでしょう。
【5】おみこし経営を活かす
変革期には様ざまな問題や解決のための課題があります。リーダーによる適切な舵取りのためには、まず潮流をどう読むかがあります。本流のように見えても実はさざ波くらいかもしれません。そして、確かに本流だとしたらそこでどう勝負するのか(乗るのか逆らうのか)があります。潮流に直接は乗らずに流れのほとりで店を構えることもできるでしょう。
わが国独自の文化であるおみこし経営の特長は担ぎ手たちの多様性、つまり様ざまな見識にあります。これを踏まえたうえでリーダーの判断や決断がある、欧米のボート経営には無い優れたプロセスです。