プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第171回

プロジェクトチームの休憩室(19)

連載の前回は、わが国社会のインフラが高いレベルで定着している事例として行政サービスを取り上げました。結論を言えば、悪い意味でのいわゆる「お役所仕事」は行政サービスにおいて従来の悪評レベルは様変わりしたと述べました。悪評が皆無になったわけではないと思われますが、筆者の体験や見聞からはあるべき姿が高いレベルを維持していると述べました。この変化の大きなあるいは劇的な転機となったのはコロナ禍でした。とくにわが国全ての地方自治体は、ワクチン接種の対応で、自治体の機動性や即応性のレベルが評価されることになりました。戦後70数年を経過したわが国において全ての自治体に襲来したまさに前代未聞の試練でした。そして、わが国はこのような突発的事象への対応は苦手と述べました。今回もこの続きですがもはや苦手などではなく、理想的な高いレベルの復元性と連携性を合わせもつ事例について述べることにします。(本稿は以下、東洋経済オンライン掲載記事「羽田衝突事故、鉄道・バス各社臨時運転の舞台裏 運転士手配から関係各所の連絡まで連携プレー(著者 渡部史絵)」に基づいています)


羽田衝突事故 羽田の滑走路は閉鎖
本年1月2日、羽田空港で航空機どうしが衝突する大きな事故がありました。着陸したJAL機と離陸を準備中の海上保安庁の航空機が滑走路上で衝突しました。JAL機の乗員乗客は速やかに脱出し全員が無事でしたが、海保機の乗員6人のうち5人が死亡しました。本稿で述べるのは、事故後の秀逸な対応についてです。つまり羽田に向けて飛行中の全ての航空機の着陸と着陸後の乗客の近隣都市へのアクセスをどうさばいたかです。

成田や茨城などへ着陸空港を変更
まず、滑走路が閉鎖され羽田空港が使えなくなったため、国内便の全ての羽田出発便は欠航となりましたが、既に羽田に向けて飛行中の到着予定便があります。これらの全てを羽田空港近隣の成田空港や茨城空港などへ着地変更することになりました。ところがこれらの空港は、成田は60KM、茨城は90KMなどいずれも羽田からはかなり離れた地域にあります。従って乗客には羽田までの移動手段が必須となります。事故が起きたのは17時47分、その時点から羽田に着陸予定の航空機が茨城に向かって到着したのが18時30分頃。茨城空港からまずはバス、次に鉄道を利用して都心に向かうとしてかなりの時間がかかり通常ダイヤの新幹線には間に合いません。つまり、着陸先空港を変更すると、まずそこから東京へのアクセスが問題になりましたがそれはクリアできました。次の問題は新大阪方面へ最終の新幹線でも間に合わないことでした。

東海道新幹線も異例の対応で乗り切った
通常の「のぞみ」最終便が出発した後、臨時ののぞみが運転されることになったそうです。東海道新幹線が、終電後に臨時列車を走らせることはきわめて異例で、しかも深夜24時を超えて運行することは過去に無いことでした。終点から乗り継ぐ電車なども運行する必要もあったそうです。要するに異例の対応が連鎖することになったわけです。

鉄道やバス 機動的な対応が実現した
この日は東海道新幹線だけでなく、JR東日本成田線の終電繰り下げ、京成電鉄の深夜25時00分発の特急上野行きなどの臨時列車の追加運転もされ、茨城空港では関東鉄道バスなどで7便(約310人)の輸送が行なわれたということです。これらの対応について、どのような要請で臨時輸送が行なわれたのでしょうか。本稿の著者は、臨時対応を迅速に行なった事業者のうち数社の交通事業者を取材されています。例えば、上述した京成電鉄の広報・CSR担当へのインタビューでは「当社から空港を管理・運営するNAA(成田空港株式会社)に申し出た」、そして「その後の対応はNAAと行なった」。バス乗務員の手配では「意常時対応用に予備の乗務員を配置している。今回はその人員を手配した」。予備乗務員の手配が迅速に行なわれたことでうまく対応できたとのことですが、そもそも「予備」の人員を通常から組み込む発想(方針と言ってもよい)が危機管理の基本をしっかりと踏まえています。じつに素晴らしいことと思います。

予備とは
そのものズバリ「予め備える」こと。ちょっと考えただけではムダに見えるが、ムダでは無い。例えばクルマにはスペアタイヤが付いている(スペア=予備)。タイヤがパンクするとクルマは動けなくなるが、予備のタイヤに付け替えればもと通りに動かすことができる。クルマを買うとスペアタイヤ(またはパンク修理剤)が必ずついている。上述したように、鉄道事業者は危機管理と言わなくてもその概念は常識として身についていることがわかる。ついでだが、予備とセットになるものが「予防」。予防注射が予防の意味を示す好例である。


これらの対応は理想的だった
羽田空港での航空機どうしの衝突事故に伴うバスや鉄道事業者の対応は、まさにお手本と言うべき理想的なものでした。旅客輸送のミッションを果たしたと言えます。そのひとつは、事業者間(企業間)の垣根を軽々と超えたことがあります。発端は衝突事故であり羽田空港閉鎖に伴う対応を迫られましたが、お手本の二つ目としてどの事業者も自主的に行動を起こしています。どこかの事業者が指揮したわけではありません。これは利用者の立場で、つまり利用者の不便や不都合をどのように軽減または解消するかといった視点で行動を起こしています。だからちゃんと調和しているのでしょう。これが三つ目です。

我われは日本に住んで生活していますが、このようなハイレベルの交通インフラから日常的に恩恵を受けています。このインフラは当たり前で空気のような存在ですから、いつもはそのあり難さが感じられないのですね。まことに素晴らしい社会であると思わずにはいられません。