プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第170回

プロジェクトチームの休憩室(18)

連載の前回は、我われの日本社会に高いレベルで定着している基本的インフラとして宅配便サービスを取り上げました。優れていることとして、まず時間的な安定性です。夕方までに預ければ、県内なら翌日届くといったことです。次は安全性です。輸送途上での破損などの恐れについての備えです。これも例えば「取り扱い注意」といったシールなどを貼り付けます。完璧ではないにしても、配送途上の関係者から相応の注意を集める効果はあるのでしょう。また、損害保険をつけることもできます。これらの安定性と安全性がもたらすものは、顧客からそして社会からの絶大な信頼です。宅配便という社会インフラは、まさにわが国社会が高度な文明国であることのひとつの象徴と言えます。また、その秀逸なレベルを形成している主要な条件のひとつとなっています。今回もこれらと同様な社会インフラの続きとして、行政サービスを取り上げるとともにわが国の特徴と苦手とすることを述べることにします。


お役所仕事 今と昔
役所に限りませんが、民間企業であれ、どこであれその組織には果たすべき役割や任務があります。果たすべきことについて、的外れや非能率的な仕事ぶり、そして不親切な対応などは、残念ながら官民を問わず今でも存在します。しかし、従来はとくにお役所の仕事ぶりの悪い面が目立ったのでしょう。それでこういう不名誉な言葉が生まれたと思われます。現在のわが国での行政機関や地方自治体などの窓口対応での従来の「お役所仕事」について筆者は皆無と言ってよいレベルに収束しつつあると感じています。むしろ民間企業のほうが、怠惰で不親切な仕事ぶりが散見されます。ごく一部ではありますが、最近の事例として経営者が不正なビジネスを従業員に強要しそれが発覚した民間企業もありました。官民の仕事ぶりは従来の常識とはほぼ逆転した、筆者はそのように感じています。

自治体サービスの変化
行政サービスで何よりも便利になったのは、コンビニで証明書類が手に入るようになったことです。これができなかった時代、筆者は近所に区役所の出張所も無かったので区役所本庁舎まで出かける必要がありました。往復にほぼ半日かかりました。現在は出張所が無くても、コンビニならあちこちにあります。そういう地理的条件を活用できるのは、民間企業への業務委託について政府や自治体の考え方が変化したからでしょう。2021年3月の押印見直し(廃止)などもあって、自治体の意思決定がより柔軟で迅速になったのは、やはり時代の流れが大きく寄与しているのだろうと思います。

居住していない自治体から戸籍謄本などを取り寄せることもずいぶん便利になりました。自治体のWEBサイトでチェックするのもわかりやすくなりましたし、少し複雑な内容なら電話で問い合わせても懇切丁寧な説明が期待できます。そもそも、自治体サイトのチェックが苦にならず理解できれば、ネットの通信販売と同様な感覚で行政書類が「注文」できるようになりました。あくまで筆者の体験の範囲内でのことですが、地方都市も含め行政DXはそれなりに時代の変化と歩調を合わせているようです。

コロナ初期の対応がさんざんだった大都市の一例
今となってはもうずいぶん昔のような感じがしますが、コロナ禍におけるワクチン接種はひとつの国家的大事件でした。筆者の住む横浜市は人口375万、人口で比較すれば日本最大の都市です(比較は市区町村。ちなみに2位は大阪市274万)。ワクチン接種の対象者は基本的に成人ですから、横浜市の対象者がわが国では最も多数になりました。日本全国どこの自治体でも、全ての対象者に向けた取り組みに苦労していました。筆者は、わざわざ都心まで出かけて自衛隊のサービスを受けました。その理由は自衛隊のサービスは当時の横浜市よりもその対応が迅速・柔軟だったからです。

いったん本格的に取り組むと一変した
ワクチン接種は初回から数えて筆者は5回受けましたが、3回目以降は居住している横浜市のサービスを利用することにしました。理由はかんたんです。地元で最寄りの診療所などで手軽に(例えば予約無しで)サービスを受けられるようになったからです。つまり、行政を含めたサービス提供者が、そのサービスをパターン化できるようになると製造工場におけるオートメーションと同様な取り組みができるようになったからです。わが国はものづくり大国ですから、製造業のこのような取り組みが優れていることは言うまでもありません。しかし、製造業とは異なる分野であっても、いったん未経験の事態が起こってもほどなく円滑な取り組みができるようになる。この事実は、たぶんわが国だけのことだと筆者は確信しています。当時、世界の各国のコロナ禍対応の取り組みをニュース番組などで知ることができました。わが国の初期対応は出遅れた感じはありましたが、その後の対応は世界のどの国と比べても抜群に優れていました。

これでわかったわが国の特徴
これまで述べたことからわが国社会の特徴がわかります。簡単に言えば、初期の対応はもたもたするがその後はうまくいく。対応に慣れてきてパターン化や役割分担ができるような状態になると一気に「品質」と「生産性」が向上する、ということです。ここから、チームで協同してやることはわが国の得意技であることが納得できます。チームでやる製造現場のカイゼン活動などは他国には無いわが国のお家芸です。これもチームや協同ということがカギになっています。同時にコロナ禍の事態においては「目標の共有」がほぼ自動的に苦も無く獲得できました。欧米などでは、コロナ禍という未曾有の事態であってもマスク着用などでも個人に様ざまな異論があり、目標の共有はかんたんではなかったようです。

突発事象や犯罪への対応は苦手
本年1月、能登半島地震が起こりました。筆者の印象は木造家屋の倒壊や火災の被害が極端に大きかったことです。地震や火災に備える対応を行政がどのように進めていけるのか、個人の資産に行政はどのような効果的な対応ができるのか、難問と感じました。建築基準法は1981年に大幅な改正が行なわれました(いわゆる新耐震基準)。とはいえ、タイミング良くこの基準に沿って建物を建築あるいは改築できるとは限りません。筆者が難問と感じる理由のひとつです。

さらにテロや犯罪について無防備な国民性が目につきます。治安が良いと言われるわが国でも、昨年5月銀座にある高級時計店で白昼に強盗事件が起こっています。さらに言えば無人販売なども、昨今は犯罪を助長する結果になりかねない傾向が見られます。これらわが国が苦手とする領域への対応は目前の課題として明らかに存在しています。

(次回へ続く)