プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第167回

プロジェクトチームの休憩室(15)

連載の前回は、筆者のロシア出張の体験から現地にある日本企業のオフィスで日本人社員から聞いたこの国の常態化した賄賂事情を書きました。わが国の社会において贈収賄事件はあるものの、それは悪事であり犯罪行為であるという認識が徹底しています。贈収賄防止はISOにも規定されているそうですが、我われ日本人にはその規定そのものの存在がピンときません。しかし、日本を離れて海外でビジネスを展開すると贈収賄が当たり前になっている国のことを耳にします。これ無しには商談そのものが成立しないといった状況では、我われ日本人としてはなかなかつらい状況になります。これは担当者として直面する方々だけの問題ではなく、企業の経営者の問題としてとらえる必要があるでしょう。今回は、わが国が目指すべき世界に卓越したビジネス社会としてどう対応すべきかを考えることにします。


お巡りさんのアルバイト
ロシア出張時に帰国時の空港ではお巡りさんのアルバイトに引っかからないようにとの注意書きをもらいました。まず、この国でホテルに宿泊するとチェックアウト時に「宿泊証明書」をホテルからもらうようにとの注意がありました。旧ソ連時代にはこのような厳しい法律があり、それが今でもそのまま残っているわけです。趣旨としては次のようなことでした。反政府系の不穏分子は堂々とホテルには宿泊しないはずだが、全ての国民は不穏な行動をしないという証明書を提示せよ、というわけです。この証明書をもらい忘れる旅行者もあるのでしょう(筆者たちはつねにしっかりもらうことにしました)。これの有無を空港でお巡りさんが帰国便の旅行者にチェックする。もし、宿泊証明書が不備だと厳しく注意する。もちろんその場でいくらかの現金を渡せば無罪放免。だから、これがお巡りさんのアルバイトになる。このような注意書きの発行元はどこだと思いますか?モスクワにある日本大使館でした。丁寧なことに、もしそういう状況になったら「この文書をそのお巡りさんに提示せよ」という文書まで付いていました(ロシア語なので意味不明でしたが)。まるで民間の旅行業者のような丁寧さを感じたように覚えています。

贈収賄の蔓延どころではない国がある
開発途上国ではお巡りさんのこのようなアルバイトはほぼ常識のようです。つまり、程度の差はあれ、社会に贈収賄が蔓延しているわけです。これはおカネのことですから、かたちを変えた税金という割り切りもできるでしょう。海外ビジネスに付帯する納税義務のようなものと考えるわけです。ところが、このようには割り切れない深刻なビジネスリスクを伴うのがお隣の大国中国です。この国の法律は我われ日本を含む民主主義国家とまるで異なります。次はNHK国際ニュースナビのサイトにアップされたものです(2022.12.23)。

「私はスパイじゃない」中国で懲役6年の男性が語る“監視居住”
中国で突然スパイ容疑で拘束され、6年間もの長期にわたり監獄に押し込められた日本人男性Aさんの事例があります。「刑期」を終えて帰国されたときは少しだけニュースになりましたが、わが国にとって重大事件であるにも関わらずそれきりでした。本欄ではこれ以上記述しませんが、Aさんのような経緯で拘束されている邦人は10名を超えるとも言われています。問題はわが国の政府が理不尽な暴力に全く対抗できなかったということです。筆者はこのような猛烈なカントリーリスクがある国とのお付き合いはできない、ビジネス展開はやるべきではない、これを企業経営者の皆さまに強く訴えます。そして最初からそのような国とはおつき合いしないという企業が存在するので紹介します。

5Sの神さまのような企業
商品名「かんてんぱぱ」で知られる伊那食品工業(長野県伊那市)は一度だけ工場を見学したことがあります。どこに行っても掃除が行き届いていました。この企業についてはマスコミでも取り上げられていますしご存じの読者も多いと思います。50年間連続増益増収、就職人気で倍率60倍などの話題にこと欠きませんが、経営者の執筆された本を読んで筆者が最も感銘を受けたことは、おつき合いする企業や国を選ぶことでした。「うそやごまかしがある」相手とは絶対に取引しない。結果的に同社の市場シェアについて国内は80%を超える圧倒的レベルですが、海外については10数%だそうです。つまり、海外ではおつき合いしない国が多い。そして、それで良しとして闇雲な規模拡大は目指さないという経営方針が徹底されているようです。もちろん、そのためにはつねに新商品開発の努力を怠らないことも必須とされているのでしょう。

中国市場からの撤退を決めた三菱自動車
わが国の自動車メーカー各社はそろって中国に進出し現地企業で操業を続けています。その中にあって三菱自動車は中国市場からの撤退を正式に決定しました。同社は2012年から中国・湖南省で現地メーカーと合弁で生産を続けてきましたが、この合弁事業を解消することになりました。撤退の理由として記事では中国市場では電気自動車やプラグインハイブリッド車の普及が急速に進んでおり、エンジン車が中心の同社は苦戦しており、昨年3月から工場の稼動を停止していたそうです(出典 NHK NEWSWEB 2023.10.24)。

これだけ読むと同社にとって悪いニュースとしか見えません。しかし、筆者から見ると厄介な中国からシンプルに縁を切ることができたわけです。現実に不採算が主な理由なのですから、じつにもっともな理由で撤退できます。例えば大手日系企業がそろって撤退するとなると、中国政府は黙っていないでしょう。現地在住の日本人に対して素直に帰国許可が出るとは思えません。三菱自動車は合弁事業の不採算という現実を奇貨として中国からの円滑な撤退に成功しました。

同国の在留邦人は約17万人とのことです(2018年10月)。猛烈なカントリーリスクがある国にこれだけの在留邦人がいるという現実があります。ロシアのウクライナ侵攻は全く想定外だったとしても、中国での現地事業のもつ特殊性はまさに今そこにある明らかな危機と言えます。既に同国とのビジネスを展開中の企業経営者の皆さまは三菱自動車のような絶妙なタイミングでの撤退を計画しておくことが必須と思われます。