連載の前回は、ビジネス折衝におけるいわゆる接待について述べました。そして社会通念上許容される範囲はどのようなものだろうかと接待ゴルフを例にして説明しました。そもそも「接待ゴルフ」などの「接待○○」のような姿勢や行為はわが国が目指すべき、世界に卓越したビジネス社会には適合しえないものであるという観点を述べました。見え見えの過剰サービスなどのわが国の事例の他に、筆者の海外出張時の見聞などから、贈収賄が社会的に構造化しているロシアの事例なども紹介しました。従って、結論として現在のような「接待」という考え方の延長上にはもはやわが国としてもつべき規範はありえないと延べました。今回は、まずこの続きになります。そして、最近発覚した贈収賄などとは異なる、自動車企業の不正行為を取り上げます。
ロシア出張の体験
前回、本欄で筆者の海外出張体験を紹介しました。日本の優れたマネジメントをロシア企業に伝えるため同国の主要都市でセミナー講師を務めました。セミナー講師として4年間で5回出張し延べ20都市を訪問しました。首都モスクワで開催されたセミナーの終了後、現地にある日本企業のオフィスに日本人スタッフを表敬訪問する機会がありました。そこでたまたま話題になったこの国の賄賂事情はわが国ではとても想像できない驚くべきものでした。前回、ここまで紹介しましたが、贈収賄がこの国で社会的に常態化しているとは次のようなことでした。例えば、日本企業が販売促進などのために首都にある有名な広場を使って新商品販売のイベントを計画したときのことです。
社会的に常態化している贈収賄
訪問した企業はわが国においてもこのようなイベントの企画から実施までのコンサルティングなどのサービスを請け負う企業として広告宣伝業界のトップ企業として位置づけられています。その支局がこの国の首都にもありました。筆者には、ロシア政府はもともと歴史的にも官僚体質が染み付いているとのある程度の予備知識はありました。ここで聞いたことですが、すべてのイベントには認可が必須とのことでした。ここまではわが国でもほぼ同じですが、ここから先がまるで異なります。全ての認可において賄賂が欠かせないのだそうです。しかも認可省庁の役職ごとに必須とのことでした。例えば一般企業で言えば、受付窓口の担当者→課長→部長→役員→副社長→社長のような意思決定の階層(プロセス)があります。お役所の認可でも全く同じプロセスがあり、この全てを忠実に押さえないと認可されない。つまり、これら役職者の人たちすべてに賄賂を渡す必要があるということでした。これは共産主義などの独裁国家では、どこも似たようなことなのでしょう。
さらに具体例を聞きました。あるとき日本企業による大きなイベント計画があり、順調に準備が進んでいたが土壇場、イベント開催の前日になっていきなり「認可せず」の通告があり開催できなかったそうです。あとになってわかったその原因は、認可省庁の副社長レベルの人物ひとりだけに賄賂を渡すことが漏れていた!つまり、認可プロセスの賄賂チェーンが途中で切れていたわけです。ビッグイベントであろうがそうでなかろうが、このチェーンがひとつも切れていないかどうかをチェックすることが絶対に不可欠、現地日本人スタッフの率直な説明でした。つまり、この国では社会の仕組みとして賄賂がしっかりと定着しているのです。認可する組織の当たり前のルーティンとして組み込まれており、それが個々のプロセス毎に個人の金銭的な役得を生み出している、かんたんには修正できないようになっているのだろうなと感じました。
ISOにも規定されている贈収賄防止
我われ日本人にはピンときませんが、ISOが2016年10月に発効させたISO37001は贈収賄防止に特化したものだそうです。また、EU(欧州連合)加盟に際しても贈収賄防止のための法整備や社会的な認知や実態のレベルが審査されます。ここで筆者が思い出すのはウクライナのことです。同国はロシアからの無法な戦争を仕掛けられて苦境にあり、EU(そして軍事同盟であるNATO)への参加をこの国は熱望しています。しかし、EUへの加盟にはこの贈収賄防止条項の観点から厳しいのではないかとの専門家の見解を聞いたことがあります。旧ソ連圏であった東欧諸国とEU加盟諸国との社会構造にはかなりのギャップがあるのだろうなと感じます。なお、わが国では賄賂の罪について、収賄罪と贈賄罪が刑法で規定されているそうです(出典 ウイキペディア「賄賂罪」)。
構造化された悪事は必ず発覚する
ここで構造化とはその組織に仕事のルーティンとしてしっかり根付いているという意味です。筆者が聞いたロシアの賄賂事情はわが国からみると完全に悪事です。とはいえ、この国では「みんなやっていることであり何も問題無い」、「発覚する」などを恐れる必要など無いということなのでしょう。しかし、わが国では事情は全く異なります。本稿の冒頭で述べたように、わが国が目指すべき世界に卓越したビジネス社会には「接待○○」のような姿勢や行為すらそもそも適合しないのです。しかしながら、ものづくり日本にとって贈収賄に劣らないわが国企業の悪行がときに目につきます。
自動車メーカーのリコールに対する厳罰
2022年3月、大手商用車メーカー日野自動車のリコールがありました。リコール制度は、メーカーが過失を自ら申告するものです。消費者保護のために自ら申告すれば、過失そのものの責任は問わないという法制度のりっぱな趣旨があります。ところが、国交省は同社のリコールに対して厳罰を科しました。なぜなら、この原因として従業員の悪行、エンジン認証試験においての不正行為があったからです。規制値をクリアしていないのにごまかしたのです。かんたんに言えば現場の悪質なサボリ・怠慢です。監督官庁(国交省)による処罰は、対象車両についての型式指定の取消しという前代未聞の厳しいものでした。単なる過失ではなく悪意ある犯罪行為とみなされたからでしょう。同社の経営陣としては全く知らなかったことのようでしたが、同社社長は責任をとり自ら辞任となりました。この件は従業員による悪行でしたが、次に述べるように経営トップに起因するものもあります。
不正行為の原因は経営トップによるプレッシャーだったのか
2023年12月、中堅自動車メーカーダイハツ工業は認証試験の不正により国内の全工場が生産停止に追い込まれました。同社は「軽自動車シェアのランキング17年連続トップ」という実績を誇っていましたが、今回の悪事が発覚したことで同社の歴史に大きな汚点を残すことになりました。ここも認証試験やその申請に不正があったとされていますが、その原因はトップからの厳しい納期厳守のプレッシャーがあったとされています。しかし、それ以外にも組織の役割など不正行為を生まない・生みにくいやり方が欠けていたのではないかとの報道もあります。厳し過ぎると現場が感じるトップからの要請に対して現場が自ら声を上げられる組織ではなかったということでしょうか。これらについては次回述べることにします。