連載の前回では、部下が気持ちよく仕事ができるようにするためのポイントをとり上げました。リーダーの役割は、基本的に組織やチームのアウトプットを質・量ともに高めることに尽きると思われます。つまり、構成メンバーのやる気や業務スキルを高めることが基本となります。また、担当する業務だけにとどまることなく、状況を把握しながら担当外の業務についての知識をもたせることも欠かせません(ここで担当外の業務について、当面の期間について実践はできなくても一般的な知識があればよいとしましょう)。いずれにしても、メンバーのスキルアップをはかることが欠かせないことを述べました。
今回はこの続きです。このようなスキルアップのプロセスそのものが、上司としてまた組織としての貴重な資産であることは間違いありません。最も合理的な業務の仕組みや手順をつねに追求しそれを組織に定着させる活動はその結果だけでなくそのような活動プロセスそのものが、上司や部下など組織構成メンバー全員が気持ちよく仕事ができる組織に成長させることになります。とはいえ、組織メンバーの中にはごくまれにそのような環境から飛び出していくケースもあります。筆者自身の体験をひとつの事例として紹介します。
お隣の部署の管理職との再会
自動車会社に勤務していた当時、お隣の部署の管理職だったSさんと再会しました。仲介をしてくれる人物にお願いして、三人で会うことになりました。退職してかなりの時間が経過しましたが、歓談の場では当時の話題がつきない雰囲気がありました。
彼は、筆者の直接の上司ではなく業務上の関係部署の管理職でした。筆者は特定業務だけのおつき合いでしたが、とくに印象に残る方でした。筆者としては、仕事の進め方の基本や社員間のお付き合いのマナーといったことまで学ぶことができたように感じています。ある業務で相談に行ったときのことです。「経営方針として決まったことだけど、現場の実態からはかなり無理があるよね」との批判はされても、だからやらないとの結論にはならないのです。いつも何らかの解決策はあるはずとの姿勢が一貫していました。「この部署を巻き込んでみたら?」などの的確なアドバイスをもらったこともたびたびありました。ついには、筆者の直接の上司もSさんのアドバイスが欲しくて筆者と一緒に相談に行ったこともありました。当時社内の組織間の風通しの良さはいまひとつでしたが、Sさんに関してはそのようなことは無縁だったようです。
次の機会は無い
これも当日Sさんから聞いたことです。仕事の結果が良くなかったので、再度チャレンジすることがあります。しかし、「次の機会は無い」がSさんの言葉でした。Sさんは超ワンマン経営で高名な企業で副社長を15年間も務められたそうです。この言葉はここでの体験からのようでした。確かにある年令以上になってこの言葉の意味がわかるようになったら、職場の上司と部下の関係に限らず、親子関係などにもあてはまる言葉ですね。「何でもやってみよう」という場合もありますが、意を決して物事にあたる場合は、まさにこれがぴったりなのだと思います。Sさんとの会話ではこのような深い意味をもつ言葉がふんだんに出てきました。
「意を決してやる」について筆者自身で思い出すことがあります。筆者は、それまで勤務してきた自動車会社を50才のとき早期退職しました。当時直接の上司は再就職先が従業員7名の小企業だと聞いて真剣に「考え直したほうがよい」と慰留されました。筆者として転職先企業は将来のためのひとつのステップとして位置づけていたのですが、当時は理解してもらえなかったようです。その後数年経って、もとの職場を訪問し当時の上司と再会しました。元気でやっていますと報告したのでようやく安心してもらえたようで当時の上司がもった筆者の将来についての不安を解消できました。
多様な価値観と人不足のわが国
テレビの宣伝で人材斡旋企業の華やかで説得力のある映像をよく見かけるようになりました。転職についてはほとんど何の抵抗も無くなったようです。従来は入社した企業に定年退職するまで勤続するという社会の常識がありました。そういう常識は人不足という環境もあってほぼ存在しなくなりました。常識や価値観は変化するものだということについて、我々はそのことをいま目の当たりにしています。であれば、企業の存在あるいは企業への勤続ということについてもこれまでとは異なる観点を見出すことが必要になったと思われます。それが企業の存在について新たな価値を生み出すことにつながるのではないでしょうか。