プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第159回

プロジェクトチームの休憩室(7)

連載の前回では、3.11大震災で東京都知事はなぜ怒ったのかなどを取り上げました。2011年の東日本大震災においては首都東京でも鉄道など主要な交通機関が乱れ、いわゆる多数の「帰宅難民」が発生しました。この難民に対して東京都庁のお膝元と言えるJR新宿駅ではシャッターを閉めて利用者を駅構内から締め出しました。これは公共交通機関としての役割や使命を放棄した、あってはならない行動として、多くの市民からの非難を浴びました。市民の代表として都知事はJR東日本に抗議し同社の社長は「多くのお客さまを締め出すことになった」と謝罪しました。また、筆者の体験をもとにJRの姿勢や行動を取り上げていくつかの事例について批判しました。今回は、前回の続きです。さまざまな思いがけない事態において、事業者であれ個人であれ良くも悪くも組織の特徴や個人の生き方が現われることを述べます。


既成の権威を批判するのはわが国ではタブー
一般的にわが国ではJRのような既成の組織を批判するという概念そのものが希薄なように感じます。組織の他に既成の概念や既成の事実も同様です。これらについてやってはいけないことという意識が強いのです。JRという大組織に真っ向から批判したのは、筆者の知る限り当時の石原都知事だけでした。このような傾向は、争いを避ける聖徳太子以来の「ニセの平和主義」の延長上にあると思われます。つまり、聖徳太子は争いの絶えなかった豪族や役人たちに向かって平和を尊ぶことを説いたと思われます。現在の「ニセの平和主義」はとにかく既成の組織や概念への批判を封じることを目的にしているようです。また、「忖度」もこれらの一部として存在しています。このような傾向は、何よりも「事実を事実として認める」ことを困難にするという致命的な欠陥があります。

大阪市役所は邪しま(よこしま)
ずいぶん以前のことですが、大阪市の行政批判で次のような一文が目につきました。

阪神タイガースのユニホームは縦シマ、大阪市役所は横シマ


よこしまを漢字で書けば邪しまとなります。邪しまとは正しい道からはずれていることを意味しますが、上記の文章では「意地悪」といった雰囲気で語呂合わせしたものでした。この秀逸な一文は大阪市役所という大きな組織が市民サービスの基本を忘れてだらけきった状況をぴったりと表現したものでした。つまり、ここで言う邪しま(よこしま)とは犯罪では無いにしても行動としては業務怠慢あるいは意地悪といったところだったのでしょう。

その後、このような状況を改革すべく政治家としては全く経験の無かった新人が大阪市長選挙にチャレンジ、市民から圧倒的な支持を得て当選しました。そればかりでなく、これがきっかけになって新しい政党の発足に結びつく大きな政治的潮流をつくり出しました。市民から「邪しま(意地悪)」とされた政党や組織は、これまでの居場所を追い出されることになりました。どのような大きな組織も邪しまでは成り立たなくなる、そういうことが現実のものとなりました。

新人女性社員Aさんの困惑
筆者が自動車会社に勤務しているときに体験したことです。あるとき、大卒新人の女性Aさんが部下として配属されました。所属していた部は総勢約70名(うち部課長は10名弱)が在籍していましたが、Aさんは筆者の部下として働くことになりました。当時、発足したばかりの課でしたから仕事が多く筆者の希望で配属されました。全ての新入社員に対する新人研修が終わって、すぐに筆者のかかえている実務をやってもらうことにしました。Aさんは飲み込みが早く、何よりも真剣でしたからまたたく間に筆者の業務遂行に欠かせない存在になりました。ほとんどの社内会議に同行してもらい必ず会議録をとってもらうことにしました。筆者が主催する会議では、会議進行のためのサポートもできるようになりました。

ある主催会議が終わったときなどはAさんから「私の作成した配付資料に足りない部分があったので課長は(筆者のことです)説明に苦労されていました」とお詫びがあったりしました。ともかく、彼女の成長は部内で目立ちました。部長が部内の他の課長を集めた会議の席で「女性社員の戦力化の好例」として「君たちもあのように育成してもらいたい」との訓示がありました。筆者としてはいやな予感がしました。従来から在籍している10名弱の女性社員たちの反感を買うだろうなと思いました。いわれのない反感はいじめというかたちで現実のものになりました。

職場の邪しまな人たちに構わず業務に集中したAさん
あるときAさんは上司である筆者に部内の女性社員によるいじめで困惑していると訴えてきました。当時は、いじめはもちろんのことパワハラ・セクハラなども表立って問題にする社内の空気はありませんでした。職場の邪しまな人たちの行動を抑制する手立てを筆者は思いつきませんでした。そこで筆者は、いじめは雑音に過ぎない、本来業務に集中すべきと伝えました。そして、Aさんに対して本来業務の深堀りに役立つようなサポートを続けました。その後1年で筆者は他部署に転勤になりました。

その後10数年が経過し筆者は当時の勤務先企業を退職していましたが、後輩からAさんは、本社で管理職としてはトップレベルの部長に昇進していることを知りました。入社以来の勤勉さや集中力はきちんと上司に評価されていると感激しました。逸材はあるべきところに落ちつく、筆者の率直な感想です。