プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第158回

プロジェクトチームの休憩室(6)

連載の前回は、公共バスサービスに限らず鉄道などの公共サービスも含めて大混雑や大群衆がもつ潜在的なリスクについて筆者の見聞をもとに説明しました。富士登山、お祭りあるいは台風などの状況での事例については、単なる参加者としての立場と主催者としての立場ではその責任が全く異なります。例えば、台風などはその状況しだいでは、従業員の出勤や退勤などについて、組織の管理者としてはつねにタイムリーな変更が必要になるでしょう。出張などでは上司の指示が物理的にあるいはタイミングよく届かないこともあります。従業員が個々に的確な判断ができるように、平常時からこのような場合に対応すべき規律を身につけておくことが欠かせません。そして、このような規律を組織に当たり前のこととして定着させることは間違いなく経営者をはじめとする管理者の役割と言えるでしょう。
今回は、前回の続きです。さまざまな思いがけない事態においてあるいは事業者の新サービス提供において、良くも悪くも組織の特徴が現われることを述べます。


3.11大震災 東京都知事はなぜ怒ったのか
2011年の東日本大震災において、首都東京でも鉄道など主要な交通機関が乱れ、いわゆる多数の「帰宅難民」が発生しました。当時の状況が次のように記述されています。

・・ 鉄道を運営しているJRをはじめとした東日本各社の路線は東日本大震災の影響で不通となった。この事から鉄道を利用することにより、通勤している者は利用できなくなったため、終業後の帰宅は徒歩、あるいは別の交通機関を利用することとなった。
東京や横浜といった大都市より郊外に自宅があり徒歩で帰宅することが困難な者は、勤務先がある建物(施設)、鉄道駅、公共機関などが臨時に開設した避難所などで寝泊りすることとなった。しかし、主要ターミナル駅の半数で、営業時間終了後、利用者を外に誘導し、シャッターを閉める対応を取った。多数の利用者で混乱が発生するのを防止する目的とはいえ、この「閉め出し」は問題視された(出典 ウィキペディア  これに基づき一部変更)。


東京都庁のお膝元と言えるJR新宿駅でもシャッターを閉めて利用者を駅構内から締め出しました。これについて、東京都の石原都知事はJR東日本(以下、JR東と略記)に抗議しました。同社の清野社長は「震災後に多くのお客さまを締め出すことになった」と石原都知事に謝罪しました(役職はいずれも当時)。

JR新宿駅は公共の避難場所として頼りになる存在のはずでしたが、お客を締め出して自分たちは帰宅していたわけです。公共交通に携わる使命感などは全く感じられないできごとでした。しかし、こういう情け無い対応をした組織とは異なり、きわめて的確な対応をとった組織もありました。

大震災 同じ日に筆者の妻が体験したこと
当日、妻は友人と二人で青梅市の梅林周辺をハイキング中でした。帰宅しようと、最寄りの私鉄駅に着いたところで地震があったことを知らされました。電車は不通でしたが、駅の改札は解放されていてトイレなどは自由に使えたそうです。公共交通のサービスとしては、これが当たり前のことと思われます。旅行者としては大いに頼りになったとのことでした。この当たり前のサービスを「親切」とするなら、避難客を締め出すことは「意地悪」な仕打ちですね。わが国最大の公共交通サービスの組織として、JR東についてはこのような意地悪な仕打ちをしばしば知らされることになります。

京浜東北線に登場した快速電車が停車しなかった駅
1988年3月、京浜東北線に快速電車が登場しました。それまでの運行と異なり、停車駅を選択して「快速サービス」を提供することにしたわけです。新たなサービスの提供は利用者のニーズに応えるものとして歓迎されるはずでした。ところが、停車駅として浜松町駅は除外されました。当駅で東京モノレールに乗り換えれば、羽田空港にきわめて便利にアクセスできます。羽田空港から来日する外国人観光客にも大いに便利になるはずでしたが、モノレールに接続する浜松町駅では快速電車は停車しないため利用できませんでした。
その後、2002年のダイヤ改正でこの駅にも快速電車が停車するようになりました。JR東の方針変更、その理由は明らかでした。この2002年に、JR東は東京モノレールを買収してその親会社になったからです。子会社になったので、モノレールの接続駅である浜松町駅にも快速電車を停車させるようにしたのです。別会社だったときには、利用者の利便性はそっちのけで意地悪していたのですね。JR東という企業の品性がよく現われていました。

横浜線の快速電車の停車駅でも同じことがあった
意地悪と言えば、筆者がよく利用するJR横浜線でも同様なことがありました。やはり同じ時期のダイヤ改正で横浜線にも快速電車が設定されました。このときの快速電車の停車駅でも、筆者には大きな失望がありました。新幹線の停車駅である新横浜駅はさすがに停車するのですが、菊名駅と長津田駅には停車しないのです。その代わりに両駅の中間にある鴨居駅と中山駅に停車するのです。

菊名駅、長津田駅・・それぞれ私鉄路線との乗り換え駅です。両駅ともに乗り換え乗降客多数の利用があります(1日当り約11万人)。これらの駅に停車せずにどうするのかと思いました。鴨居駅、中山駅などの乗降客数は、2~3万人(1日当り)程度に過ぎないからです。

要するに、乗降客が10万人を超える駅であっても私鉄なら無視する。2~3万人程度であっても自社の駅なら快速を停車させる。どう考えても、身内のみを考慮するだけで利用者のことは無視している見え透いた意地悪としか思えませんでした。その後、18年経って私鉄の二つの乗換駅にも快速が停車するようになりました(2006年3月)。その理由は明らかにされませんでした。単なる意地悪でしたとは、やはり言えなかったのでしょう。

独占企業でかつ商品の価格(運賃)が保証されている。このようなビジネス環境であれば、公共サービスを託された使命などは思いもせずに事業者の好き勝手に運営できるわけです。ソ連は国家全体がこのような仕組みでしたが1991年のソ連崩壊まで70年近く存続しました。わが国のすべての独占企業がソ連のような末路を迎えるとは全く思いませんが、独占公共サービスについて社会的なチェックが著しく欠けていると痛感します。世界に誇る民主主義国家であるわが国で野放しにされている大きな欠陥のひとつではないでしょうか。