プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第140回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか
ボート経営とおみこし経営(その5)

前回は、命令の基本的な機能について述べました。ボート経営、おみこし経営いずれにおいても上司の指示や命令は必ず存在し、それらは意図と任務という二つの機能をもつものでした。そして、二つの機能をどのように明示するかによって4つのスタイルに分類されると説明しました。もともとの出典(解説者)が陸軍でしたので違和感をもたれた読者もあったかと思いますが、軍隊組織の基本は機能性の徹底的な追求です。4つのスタイルの命令はどのような組織であれ、状況に応じていずれかのスタイルを適用できるものと言えます。つまり、命令の本質は組織を問わず共通するもの(普遍的なもの)です。言葉遣いをソフトにすることはあっても、基本的に命令の無い企業組織はありえないのです。前回、次のようなことを引用しました。「・・我われは本能的に命令を嫌う傾向にある。しかし、それは命令というものを理解していないからであり、真剣な仕事をしていないことによるものである」。これは経営者に限らず、管理監督すべき立場にあるすべての方々に向けたものです。これをきちんと実践しない限り組織の秩序はいずれ破たんすることになるでしょう。
今回は、ボート経営またはおみこし経営のいずれかを問わず、命令のスタイルとその機能を説明しながら、企業活動の現場においての現実とあるべき姿について述べることにします。

【1】偉い人のつぶやきは命令だ
こういう言い伝えを聞いたのは、筆者が自動車会社の本社に勤務していたときのことでした。ここで、偉い人とは部門直属の役員のことでした。「つぶやき」とは「小さい声でのひとりごと」とされていますが、役員は部下がそばにいるときに小さな声ではなく聞こえるようにつぶやくのだそうです。つぶやきですから、あいまいな情報になりかねません。このような「命令」を受けた部下は非常に困るわけです。ところが、こういう役員のつぶやき(命令)を一切無視する部下がいることがわかって「それは誰?」と部内で話題になりました。

上司の命令(つぶやき)を無視するような度胸のある人が多数いるわけはなく、まもなく、それは筆者の上司である部長であることが判明しました。つぶやきの役員とは異なり、部長本人の依頼や指示はつねに明快でした。役員からの依頼を部分的に筆者に指示されることもありました。その場合でも筆者に理解できるような説明があり、「いつまでに」という納期の指定もありました。従って、筆者は役員のあいまいな「つぶやきの被害」を受けることは全くありませんでした。

【2】指示や依頼は全て命令であるという上司たち
連載第137回で紹介した映画「プラダを着た悪魔」は、二極化した米国社会を描いたものでした。ここでのボスは編集長としてアシスタントに対してまさに悪魔のような存在でした。編集長は仕事に対する要求水準がケタ外れに高く、おまけにアシスタントに命ずる仕事の公私混同がはなはだしい情況が克明に描写されていました。これは何も米国に限ったことではなく、わが国でもこの映画のようなことは珍しくは無いように思われます。とはいえ、この映画で描かれた従業員(アシスタント)の受けた被害は、現実に起こったとしても次の映画の事例に比べればさほどのことは無いと思われます。

連載第138回ではイラク戦争をヒントにした映画「ハート・ロッカー」を紹介しました。ここでは、下士官(軍曹)が上官(中佐)の作戦命令は危険が大き過ぎるとしてその変更を提案する場面がありました。作戦命令の変更を提案するとは、言い換えれば前線において上官の命令に逆らう重罪に相当するものでした。これは現在のわが国の職場に置きかえれば、部下としてはかなりシビアな状況になりかねません。我われのように軍隊ではなく、企業組織の中においても上司の指示や命令とは異なることを提案するのはかんたんなことでは無いと説明しました。ごく普通のコミュニケーションにおいても反対意見や異論が率直にやり取りされることは必ずしも容易ではありません。多くの組織で「風通しの良い職場」はまだ理想であり現実にはなっていないように感じます。

【3】命令としてあるべき姿は訓令
命令のスタイルとしては、号令・命令・訓令・情報などがあり、これらをうまく使い分ければよいと説明してきました。本稿で紹介した「偉い人のつぶやき」は4つのうち、情報になるでしょう。意図も任務も示さないのですから、命令を受けたほうは困ります。意図だけ示して任務の詳細は部下に任せるのが訓令でした。我われの企業組織において命令としてあるべき姿はこの訓令が良いと筆者は考えます。上司の意図(目的)に基づいて、部下が任務(具体的な行動)を実行するとき創意工夫を引き出すことができるようになります。このことはわが国のおみこし経営にはよくマッチするように思われます。

ところが、組織にはどのようなスタイルの命令であれ一切無視する人たちもあります。軍隊で上官の命令を無視すると大きな被害・損失を招くことになりかねませんから、命令無視は重罪です。しかし、わが国では「お前はクビだ、すぐ出て行け」というわけにはいきません。命令を無視する人たちに対して経営者はどうすればよいのでしょうか。

【4】はっきり命令したほうがスッキリする
前回(連載第139回)述べてきたことを再度ここに記載します。

命令は、受令者(部下)に業務を実行するように要求するとともに、その結果起こりうるトラブルについては、いっさいを発令者(上司)が責任を負うという保証なのである(但し、日常的な定例業務はこの限りではない)。


「いっさいを発令者(上司)が責任を負う」の中で、経営者が負う最も大きな責任は従業員の生活を保障することです。従業員にはこのような責任はありませんし、そのようなことは考えたことも無いでしょう。経営者には大きな責任がある、だからこそ従業員に対して命令できるのです。経営者が命令する権限をもつ最大の根拠はここにあります。従業員は経営者から任された任務を果たす義務があります。生活の保障だけ受けとって義務を果たさない従業員は、最終的には解雇されることになります。健全な組織運営のためには当然のことと考えます。