プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第138回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか
ボート経営とおみこし経営(その3)

前回は、ボート経営とおみこし経営について米国のボート経営の特徴を述べました。往年の米国映画のヒット作二つから、それぞれのボート経営についての特徴を説明しました。二極化した階層がある米国社会を描いたのは「プラダを着た悪魔」でした。この映画はファッション誌の編集部が描かれていました。仕事に対する要求水準がケタ外れに高い上司の編集長のもとで、アシスタントとして採用された女性新入社員がその仕事を辞めずにがんばるのはなぜという疑問に応えるものでした。もうひとつは米国の軍隊における監察制度でした。軍隊トップの暴走を抑止する仕組みが、少なくとも先の大戦時から存在していました。
今回は、このような仕組みが戦争という極限の状況でどのように機能するのか、その姿を描いた別の米国映画から話を進めることにします。

【1】イラク戦争をヒントにした映画「ハート・ロッカー」
今回も米国映画(2008年)からの話題です。イラク戦争とは、同国が「大量破壊兵器」を保有しているとして米国のほか英・豪などの有志連合軍によるイラクへの軍事侵攻を指しています(侵攻2003年、同年戦闘終了、戦争終結宣言2010年)。原題のハート・ロッカー(The Hurt Locker)は、翻訳すれば「苦痛の極限地帯」だそうです。戦争中のイラクを舞台として米軍爆弾処理班で任務を果たす下士官(軍曹)が主役です。現地のテロリストが即席爆発装置を市街地のあちこちに仕掛けて社会不安を煽ります。それらを軍曹たちのチームが根気よく探知して処理していきます。

チームの任務はつねに危険がいっぱいですが、ここにもボート経営の典型が見られます。軍隊では基本的にはそういうマネジメントにならざるをえないのでしょう。戦争の現場にいる軍曹とその上司である中佐が登場します。中佐は現場の状況を丁寧に把握しようとしないので、その作戦命令に対して軍曹は異論をぶつけます。

【2】上官の作戦命令に変更を提案する下士官
あるとき上官である中佐が、この軍曹にひとつの作戦命令を指示します。現場の状況を熟知している軍曹としては、部下を含め全員がさらされる危険があまりに大きいとして作戦命令の変更を提案します。中佐は現場感覚に欠けているにも関わらず、頑として部下の提案に耳を傾けません。前線(敵前)において上官の命令に逆らうことが重罪であることを軍曹は知っています。結局、作戦命令をそのまま受け入れることになりました。

しかし、ここで軍曹は後々のことを考慮してひとつの権利を行使します。上司である中佐に対する軍曹の要請は「この作戦命令は危険が大き過ぎるので私(軍曹)は作戦の変更を提案したが、上官はそれを受け入れなかった」ということを記録に残しておいて欲しい、というものでした。中佐は渋々ながらも記録に残すことを承諾します。この記録は公式なものであり、中佐が勝手に握りつぶすことはできない仕組みがあるようでした。これはトップの横暴を牽制し抑止するためにあるのでしょう。軍隊の性格上、部下が命令に逆らうことは基本的に許されませんが、このような仕組みが組織の健全性を保つことになるのかなと感じました。数ある戦争アクション映画のひとつに過ぎませんが、米国社会のこのような健全性を保つカルチャーの一端が垣間見えました。

【3】抗命はいつでもどこでも難しい
抗命とは命令に逆らうことです。前述した軍曹の「提案」は一歩間違えると抗命罪になり、これは軍隊では重罪に分類されるそうです。我われのように軍隊ではなく、企業組織の中においても上司の案とは異なることを提案するのはかんたんなことではありません。よく「風通しの良い職場」ということが取りざたされます。まず抗命を含まないごく普通のコミュニケーションにおいても率直なやり取りは必ずしも容易ではありません。組織のトップとしては、まず「容易なことでは無い」という認識からスタートする必要があるでしょう。

そもそも通常のミーティング、社内の公式会議などでも率直なやりとりは難しいのです。さらに言えば、職場ごとの始業時の短時間のチームミーティングですら、ホンネの出る会話は難しいことです。筆者としてはコミュニケーションのやり方に着目するいぜんに、社内の仕事の進め方についていかに合理性を追求できるか、このことがより重要であると考えます。製造現場のカイゼン活動はまさに合理性の追求にあるわけですから、他の職場も同様であるはずと考えます。仕事の進め方における合理性の追求については、稿を改めて別の機会に述べることにします。

【4】言いにくいことをすらりと伝えるDX
面談あるいは会議で上司に異論を述べることは難しいと書きました。これを口頭ではなく文書化すると、難しさのレベルを下げることができます。文書化は口頭よりも細かいニュアンスを伝えにくい面はありますが、言いにくいことを伝えやすい面があります。この文書化を第一報として、続報は面談で細かいニュアンスを伝える、といったやり方が考えられます。

コミュニケーションツールとしてSLACK(スラック;商品名)があります。これは、メールよりも手軽なことで普及したLINEのようなものです。しかし、機能としては即時性と多様な階層性でビジネスの現場に採用されています。そして、これは部門別やプロジェクト別など多様なチャンネル設定を可能にしています。本稿の話題に関連する機能としてダイレクト・チャンネルを使えば、個人間のやり取りができます。SLACKとは別に個人の業務日誌(業務記録)もDX化では最初に採用されますが、こちらはオープンが原則です。オープンにされる業務日誌はコミュニケーションツールとして多彩に活用できます。SLACKのダイレクト・チャンネルのような秘匿性はありませんが、ツイッターのような広報性をもつこともできます。これらはすべて、組織の風通しを良くするDXです。