プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第106回 番外編

番外編(12) カイゼン現場の多様性が新商品開発を支える

前回の番外編(11)では、労働生産性の国際比較として主要な先進7カ国の順位の比較を取り上げました。日本は50年間ずっと最下位を続けていますが、それはわが国だけが欧米とは全く別の世界であるにも関わらず、同じ尺度で測っているからと説明しました。全く別の世界の一例として充実した健康保険制度がありました。日本は欧米と異なり、多大な資源(ヒトとカネ)をここに投入しており、これがわが国の多様性をかたちづくるひとつの大きな要素になっていることを述べました。他方、国民皆保険制度などが無い米国は、欧米6カ国の中で生産性トップを続けています。しかも、GAFAM&T(テスラ)に代表される多様でユニークなビジネス展開で世界を席巻しています。今回は、生産性トップを維持し世界の経済をリードする米国について、その特長と我われ日本が強みとすべきポイントを考えます。

【1】米国経済の強さの源泉は経営者のプロテスタント精神
ルターの批判がきっかけとなり、旧教(カトリック)から新教(プロテスタント)が分離して発展しました。両者の差異で本稿に関係するものは、ごくシンプルにすると次のようになります。

  (1)ビジネスで得た利益
 カトリック    ビジネスで得た利益は教会に寄付すること
 プロテスタント 利益は自分のもの。 但し、投資して社会に貢献すること

  (2)両者の国別分類
 カトリック    ポルトガル、イタリア、ギリシア、スペイン・・
 プロテスタント アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、・・

現在の欧米社会で経済に強いのはプロテスタントの諸国です。カトリック教国は、PIGSと呼ばれるように経済には弱いようです。
米国の建国者たちは、プロテスタントの中でも新天地を求めて大陸にやってきたわけですから開拓者精神旺盛なことは現代にも受け継がれているようです。この開拓者精神と利益は投資にまわすべしというプロテスタント精神が、現在のGAFAM&Tなどの企業行動、つまり、誰もやらなかった新規ビジネスへの挑戦に現われていると思います。

【2】新技術開発への企業の取り組み姿勢
米国GAFAM&Tなどの企業とは別に、自動車業界を例にして新技術開発への企業の取り組み姿勢を見ていきます。この業界は、電気自動車(EV)への歴史的転換点にあります。業界の勢力地図が大きく変わるかも知れない時代を迎えています。と言っても、EV化に伴いクルマの構造はこれまでよりもシンプルになります。カギは電池の技術革新にあります。技術開発によって電池性能の画期的な向上と大幅なコストダウンを実現できれば強力な競争力をもつことになり他社との差別化につながります。

まず、欧・米・中のメーカーを概観すると(テスラは別として)電池の技術革新について目だったニュースは見つかりません。とくに、エンジン自動車で日本と競争していたドイツのメーカー各社はEVの商品化は日本よりも先行しています。ところが、電池の技術革新については静観のように見えます。もっとも、ここ50年間においてクルマの技術革新はすべて日本メーカーからのものでした。ドイツのメーカー各社はディーゼル排ガス不正事件に代表されるように技術的な停滞と倫理観の欠落が明らかになっていました。これから、電池の技術革新という必ずしも成功が保証されないことにチャレンジする気は無い、こういう方針と思われます。

【3】電池の技術革新 日本メーカー各社の取り組み
日産とホンダは電池の技術開発について、それぞれの社長が記者発表会を開催し各社とも詳細な情報を提供しています。両社の今後に期待がもてます。最大手のトヨタは出遅れた感じがします。電池の技術開発のカギとなる全個体電池の特許はトヨタが最も多く持っているそうですが、トヨタ社長による記者発表会などはまだありません。しかし、ともかく大規模投資をやるそうです。わが国の大手3社は技術革新に挑戦しますが、こういう明確な方針はテスラを除けば他国では見られないことです。

【4】日本は何でもできる国
ウクライナ侵攻で悪いニュースの絶えないロシアですが、先日、面白いニュースがありました。ロシア議会上院議長マトビエンコ氏の発言です。「初めて知ったが、我われは釘を輸入している」、説明すると次のようなことでしょう。ロシアは鉄鉱石の輸出では世界3位でシェアは17%にもなるのに、鉄の製品としてはごくかんたんな釘すら国内では生産していない、という嘆きです。ほんとうに国産品が無いのかどうかはわかりませんが、筆者は次のように理解しました。ロシアには豊富な天然資源が数多くあるが、それらを国内で活かすことがほとんどできない。とくに民生品の生産についてはきわめて貧弱である・・。議会の議長でなくても嘆きたくなることはよくわかります。

このロシアとは全く逆、天然資源はほとんど産出しないが工業やサービスに関しては何でもある、つまり何でもできるのがわが国です。その原動力の大きなひとつになっているのが、カイゼン現場の多様性です。様ざまな意見が飛びかうが必要なときは一致協力できる、初心者や部外者、他部門や他社などの見解も頭から拒否せずいったんは聞く・・。5S活動を基本として、自主・自律で進めるカイゼン活動は多様性の見本市と言った感じがします。

このような活動は、わが国にしか存在しません。天然資源は無くても他国には無いカイゼンという独自の資源がある日本、この資源をどのように活用するかでわが国の盛衰が決まると言ってよいでしょう。自動車業界では電池の技術革新がカギとなることを述べました。どの業界にあっても新商品開発やそのための技術開発が必須となっています。「わが社のカイゼン現場には多様性という貴重な資源がある」、ここをどのように活用するかが新商品開発や技術開発成功のカギになると思っています。