前回の番外編(10)では、わが国の終身雇用と同様な発想で従業員の待遇改善こそが、社会の発展につながるとした米国フォード創業者の取り組みを述べました。待遇改善のための原資としてコストダウンのための画期的な生産技術開発がありました。現在のグローバル資本主義は利益効率一辺倒です。極論すれば、自社さえ儲かれば社会の安定や発展はそっちのけという経営スタイルです。さすがに米国では行き過ぎた資本主義に気づき始めたようです。わが国はもとから「三方良し」という経営の考え方がありました。自分のみ自社のみ良ければ良いとするのではなく、つねに社会全体を考える多様性に富んだ優れた経営姿勢が現在も存続しています。
今回は、経営だけでなくわが国の全ての分野にある多様な評価基準(多様性)について述べることにします。この多様性こそが、世界のどの国にも無い豊かな社会をつくり上げる大きな力になっています。
【1】労働生産性の国際比較
労働生産性とは、言ってみれば労働者の時間当りの稼ぎ高ということでしょう。いつものように主要な先進7カ国の順位の比較です。
図 時間当り労働生産性 主要な先進7カ国の順位の変遷(1970~2020年)
日本は半世紀にわたって継続して最下位です。このグラフを見ていつも思うのですが、日本だけが欧米とは全く別の世界であるにも関わらず、同じ尺度で測っているということです。スポーツで例えて言えば、陸上100Mの競技で、日本だけは100M障害の記録が掲載されているようなものです。だから、いつも最下位です。従って、我われが参考にすべきことは特にありません。読者の皆さまはさほど気にされていないと思いますが、これで鬼の首でもとったような言い方をする評論家もあります。念のために無用なものであると確認しておきます。
【2】日本だけが別の世界とは
前回も述べましたが、終身雇用などは企業経営にとって日本だけのものでしょう。日本でもある大企業のトップが「終身雇用制度には(政府からの)何のインセンティブも無い」との発言があったりしました。この発言には利益効率一辺倒のグローバル資本主義をお手本にすることが念頭にあったのでしょう。日本だけが別の世界であることが全く理解されていませんでした。
日本だけが別の世界であることについて企業経営とは別に社会全般をみてみましょう。特長的な社会インフラとして健康保険制度があります。
筆者はわが国の健康保険制度の威力がコロナ対応で改めて明らかになったと考えます。国民皆保険制度が全く無い米国は論外として、欧州各国と比較してもわが国は抜群の好結果を示しています。コロナ初期は横浜港における大型クルーズ船などの初期対応では確かにもたつきました。その後は官民の病院、保健所や自衛隊などの総合力を発揮しました。これは、政府・地方自治体そして企業がかねてから相応の資源(ヒトとカネ)を健康保険制度に投入しているからこその好結果です。政府や企業ともに利益効率一辺倒だったら、こういう良い結果は出せなかったでしょう。
ちなみに米国は、このグラフではわが国とは対照的に首位を続けています。ところが、コロナ対応では惨憺たる状況はご存じのとおりです。また、欧州には多くの国で無料の医療サービスがありますが、きわめて限られた選択肢しか無くわが国の充実したサービスとは比較になり得ません。例えば、英国のNHS(国民保健サービス)などはニュースを見る限りコロナ以前からほぼ破たん寸前の状態でした。
わが国は、国民の健康を重視する(ヒトとカネを投入する)という評価基準が確立しています。これは、国の多様性をかたちづくるひとつの大きな要素になっています。
【3】わが国独自のカルチャーが海外にも
マンガやアニメなどわが国独自のカルチャーが海外で人気を集めています。一例として、フランスのアニメ市場は世界第2位だそうです。そして子供の頃からアニメで育ったフランスの人たちがそろそろ50才代になるそうです。筆者の体験でもスペインの書店ではマンガコーナーがあり、子供たちは座り込んで読みふけっていました。テレビでもスペイン語吹き替えで「クレヨンしんちゃん」などが放映されていました。基本は子供向けですが、大人も一緒に楽しんでいました。マンガやアニメは現地で素直に受け入れられていると実感しました。
また、これらは幅広い範囲をカバーしているのが大きな特長です。歴史ものでは、わが国の戦国時代から欧州ではローマ帝国までカバーしています。米国のマンガやアニメなどとは段違いの奥行きと面白さがあります。そして、何よりも宗教的な制約無しに自由な発想があることに異質な魅力が感じられるのでしょう。欧米のような一神教の世界とは異なり、日本には八百万の神さまが存在します。全能の神という概念は無く、神さまも専門分野ごとに分業制なのです。さらには「お客さまは神さまです」という常套句すらあります。欧米とは別のかたちで、神さまは身近な存在になっています。わが国の多様性の源泉はここにあるのではと考えています。
【4】多様性とは異なるものの存在を受け入れること
多様性は、わが国独自の際立った特長ある文化です。この文化があるので、企業内で様ざまな異論や反論があっても押さえつけずに許容し、認めることができます。もちろん、最終的な意思決定はトップリーダーの役割であり権限でもあります。これはおみこし経営の特長そのものにもつながっています。
マンガやアニメなどわが国独自のカルチャーから日本流の価値観をもつ外国人が増えています。彼らは多様性のある社会が住みやすいことを感覚的に理解しているのではないでしょうか。多様性という文化はわが国ではずっと存在していた、このことを我われは改めてしっかり認識することが欠かせないと考えます。