新・虫の眼・魚の眼・鳥の眼 第7回

ヨーロッパ人のカイゼン意識

● 理解ではなく、納得させることが前提条件でした
 ヨーロッパ人は納得すると、人が変わったようにカイゼンに夢中になります。理解しただけでは、行動が変わりません。納得して彼ら自身から自らカイゼンしていくまでには、訪欧してから1年半は試行錯誤の失敗続きでした。最初は説明しても反応がなく、なぜなのか随分と悩みました。失敗してわかったことが、彼らは納得しないと行動しない民族だったのです。
 日本では理解してもらうと、カイゼンしてくれました。言葉も日本語で話をすれば、鳥取弁の方言を除きほぼ通じます。あとでわかったことですが、親会社という見えない盾があったことに気づきました。
 親会社の言うことを聞かないことには、訪問していた協力工場は仕事がもらえないので、わかったふりでもしておけば何とかなったというわけです。でも海外では、私の一切のバックボーンや経歴や実績も通用しなかったのです。当然といえば当然でした。
 理解することとは、意味が分かることです。知識として理解しても、本当に行動に移すかは、まだ不十分な状態だと考えます。納得とは、得を納めると書きます。
 つまり損得の得が得られるから、やってみようと行動につながる状態です。行動することで自分に得がある、意味がある、意義があり合点が行くもので、腑に落ちるというものです。ヨーロッパ人には、腹とか腑などは通じませんが、心に収まる感じでしょうか。
 そして、「共感しました、ならばやりましょう!」と自ら腰を上げて行動するように仕向けることが、ようやく腑に落ちたのです。凄くムダな時間と労力を費やしましたが、あとはとても楽になりました。これこそが、「コミュニケーションがとれた」ことだとわかりました。コミュニケーションとは、簡単にいかないもので手間のかかることだったのです。
 それならば、ヨーロッパ人を納得させる方法を用いれば良いとわかりました。イソップ物語の北風と太陽の話と同じで、心の窓は内側からしか開かないことだったが見えてきました。そのことがわかると、あの手この手が考えられあれこれと考えるようになったのです。

● 人は感情の動物であり、本氣になってぶつかっていくと道が開きました
 まず日本人の私自身を受け入れてもらうために、開始時間の約30分前に訪問します。そして、パソコンや小道具の準備をして、フリップチャート(模造紙)に笑顔のイラストを描きます。開始10分前には入口に立って、彼らが会場に来るのを待ち受けます。
 そして、1人ひとりに笑顔で、しかも両手で握手をして挨拶します。その時に相手の手をグッと引き寄せ、相手の頭が下がるようにして「オハヨー!」と大きな声で挨拶をかわします。常連になると、相手も思い切り力を入れて握手をしてきます。中にはハグをする人もいますが、挨拶だけでも氣持ちが通じます。
 ほとんどのコンサルタントは、時間ギリギリに登場し、いかにもお前たちのところに来てやったのだ!という対応だとクライアントから聞きます。その横柄な態度は、参加した人たちにはすぐに感じ取ります。ですから、結局やらされ感のままにカイゼンに取り組むので、余り良い結果も成果も出ないようです。
 この手のカイゼンは、トップダウン方式であり、コンサルタントがいなくなると以前より悪くなる工場を何度も見てきました。やらされ感でなく、トップダウンとボトムアップが上手くかみ合ってのやる気に溢れた状況でカイゼンが成立するものと考えます。
 わかりにくいところは、漫画やイラストや図形を使って説明する、難しいことはわかりやすい例え話をする、何よりもユーモア精神をもってコミュニケーションをとっていくことを何度も試みていきました。
 トップとの定期的な懇談とアドバイスも常に行うようにして、上下の関係がスムースにいくように働きかけます。「人間は感情の動物」とも言われますが、逆にこの感情を上手く利用していけばよいこともわかってきました。そのためにも、いつも笑顔でいることです。そのためにも、普段からダジャレや雑学など話のネタになることに興味をもつようにしています。

● いったん目覚めると凄いカイゼン力を発揮します
 これは体験談ですが、最初に大反発する人の多くが、納得すると大賛成者になることがとても多いことがあります。ドイツ人、オーストリア人、スイス人は、その傾向が強く、あとで振り返ってみますと、彼らは自分の仕事に誇りをもっていたからと思います。
 それは新しい生産方式が従来とまったく違い、一見逆のことで理解できなかったことや自分を否定されることなどで反発したものと考えます。
 まずは、彼らの言い分をとことん聴きます。そうして、少しずつ矛盾や疑問にわかりやすく解答していきました。言い分は全部聴くことが重要です。彼らとディベートをすると絶対に負けます。
 だから言いたいこと言わせておいてから、認めるべき点は認め、改めるべき点はもつれた糸を解きほぐすように話しをしていきます。ほとんどこれで彼らは、笑顔になっていきます。
 一例ですが、某印刷会社の物流マンのWさんは、定年少し前の屁理屈をいう頑固親父でした。でも説得が功を奏し、ある時私の訪問前にアイデアが浮かび、社長に嘆願して2日間徹夜をして、自ら現場カイゼンをして間に合わせてくれたのです。それからWさんは、物流部門のカイゼンマンになって皆さんを引っ張っています。60歳を過ぎても、人は変わることができるのです。