私には40年間にわたってほぼ毎日欠かさず読み続けている読みものがあります。日本経済新聞の『私の履歴書』です。大きな業績を残した経営者や政治家、ノーベル賞受賞者、人気があった俳優・歌手、オリンピックのメダリストなど有名な方々がひと月に渡り自身の人生を語ります。すべての方が山あり谷ありの苦難を乗り越えて、大きな成果にたどり着きます。私は、その理由はほとんどすべての方が、自分が置かれた厳しい状況に対して、常に大きな問題意識を持って対応し続けたからだと思います。そしてこの問題意識を持つということは製造業においても、とても大切なことだと確信しています。
現場でカイゼンをしている時に、その職場の職長に「この現場の問題は何ですか?」と聞くと、しばしば「特に問題はありません」という答えが返ってきます。しかしこの厳しい変化の時代に、問題がないという職場が果たしてあるのでしょうか。問題がなければカイゼンの必要性も生まれません。カイゼンがされなければ職場も変わらないのですからこれは困ったことです。私がなぜこの現場に呼ばれたのか現場の人たちは気づいていないのかもしれません。ナゼこのようなことが起きるのでしょうか?私はこの職長さんの「問題」の捉え方が不十分であるからだと考えます。
問題には2種類があって、私はひとつを「発生型問題」、そしてもうひとつを「向上型問題」と呼んでいます。
最初の「発生型問題」は、例えば品質不良や納期遅延、あるいは設備故障や災害の発生など起きては困る問題であり起きてしまった問題です。早急な対応が必要なので、関連部門からも多くの人が現場に集まって対応が行われます。先ほどの職長はこの発生型問題は起きていないという意味で「特に問題はありません」と答えたのです。
もう一つの「向上型問題」は、実行したら成果が出るのにもかかわらず、やらずに後回しにしている状況、やれれば確実に生産性は向上するという問題です。ほとんどの方は問題というと、発生型問題のことを頭に浮かべますが、向上型問題にも注意を向ける必要が大いにあります。
発生型問題の場合は、工場の多くの部署の人が集まりワイワイガヤガヤ議論して原因の追究などをしっかり行い対策します。しかしいくらがんばってもせいぜい現状復帰であり進歩向上には結びつかない問題解決です。
一方、向上型問題は問題解決後に現状を更に良くするので、会社経営には大きな貢献をします。しかし発生型問題と違い緊急感が少なく、他部門の人が集まって問題解決をするという事はあまり見かけません。基本的には担当部署に委ねられていることが多いと思います。
よく見かけるのは、製造部門に生産性向上○%、品質不良半減、といった目標を課していても製造部門だけでできることは限られており、未達のまま低迷していることです。製造部門だけではできないことや分からないことが多いのですが、もし他部門の援助で達成の根拠を持ち自信が付けばカイゼンに取り組めるのです。しかしそれがないので動けません。設備の調子が落ちているにもかかわらず、現場の人が何とか自分達の技量でだましだまし使っているといった、本来やってはいけないことがしばしば見られます。設備の担当者がすぐに修理して、その上で更に性能アップするような助け合いをすればいいのです。このようなことを部門別にそれぞれがやっていたのではいつまで経っても何も出来ず後回しになります。みんなでやればすぐできることが、一部門だけだといつもまでたってもできないことは多いのです。こういうやり方で向上型問題を解決することも可能です。
私たちは自分たちが変わり続けなければ、あっという間に置いていかれるということを知っています。あるべき姿やなりたい姿があるにもかかわらず、まだそこにたどり着いていないということが問題なのだと考えるべきです。「特に問題はありません」と答える人は、ついつい毎日の出荷や目先のことに追われて先のことを後回しにしてしまいがちです。
生産性向上はもちろん、デジタル化や新商品・サービス、そして新市場開発など新しいことをしなければならない時代です。向上型問題への積極的な取り組みを更に進めて参りましょう。