脱力・カイゼントーク 第29回

前回から工場長と設計担当者と作業担当者が工程の作業を観察しながら意見交換をして、工場長の頭の中にあった古い製品設計の詳細情報を見直し、正確な数字を反映した新しい設計図ができました。図面に正確な情報が記載されたため、作業者はメモに書かれた数字を確認する必要がなくなり、各工程での生産性、品質が向上しました。不具合が出るたびに工場長に聞きに行く必要もなくなりました。問題であった品質不具合は減少し、品質不具合が原因で起きていた納期遅延も解消しました。これらの成果は単にコンサルタントからの指導があったからだけではなく、A社の皆さんがこの機会にカイゼンを実行するのに必要な基礎力を身に付けたことが大きな要因です。

カイゼンを通して、作業者はメモを見るのではなく、メモを書くようになりました。作業中に起きた様々な出来事や、思い付いたアイデアなどを設計にフィードバックするためのメモです。新たに設計図面を作成したときの話し合いで、工場長や設計者からいろいろな質問を受けたり、逆に自分たちのこれまでの疑問を聞いたりした過程で、お互いの情報交換が役に立つと気付いたためです。そして、それまで事あるたびに工場長に質問に行っていた人たちは、今では思い付いたアイデアを持ち寄って工場長の意見も聞いて、自らカイゼンを実行しようとしています。これまでの問題解決から課題探求へと目的が変わったのです。

この変化こそが、私がB社長から品質カイゼンの依頼を受けた時に目指そうとしたことでした。現場の整理整頓を始めたとき、私は現場の皆さんにたくさんの質問を投げかけ、彼らが自身の問題に気付いていただくきっかけを作りました。長年放置され場所を取っていた古い設備や材料などの処理は、皆さんに判断をして頂き自主性を高める練習となりました。

そして、古い設計図面を改めて新しく作り直すときも、工場長と設計者だけでするのではなく、作業者にも入ってもらって現場作業を見ながら変更をする方法を取りました。遠回りのようでしたが、全員が自分の担当する仕事から生まれる意見を出すことで良い結果が生まれ、同時に参加者に自分の役割の認識とカイゼンへのモチベーションが高まりました。

私は、カイゼンにはいろいろなアプローチがあることを経験しています。現場の人たちが考えるアイデアより、私のアイデアの方が良いと分かっている時でも、そこに自主性がなければカイゼンはそこで止まってしまいます。一方、自分たちのアイデアでカイゼンを実行して、そこに更なるカイゼン点を見付けることができればチエを絞ったカイゼンが続くし、いずれ私のアイデア以上のものに到達すると思うからです。必ずしもコンサルタントが答を出してカイゼンを指導することがベストとは限らないのです。

結論として、このプロセス全体が、単に品質や納期遵守の向上だけでなく、現場の皆様の自主性と責任感を育てることにも貢献しました。それぞれの人が自分自身のアイデアを持ち寄り、それを共有することができるようになったことは、組織全体の成長を促したのです。

ちなみに、今回ご報告しましたA社のカイゼンですが、最初の整理整頓から品質の基準を作成し結果が出始めるまで約半年かかりました。ただ現場をきれいにするだけであれば、コンサルタントである私が現場に貼りついて指揮を取れば数日で完成できたでしょう。また基準の作り直しも設計の人に時間を空けてもらって集中的に行えば2ヶ月くらいの時間で完成できたと思います。わざわざ半年も時間をかけたのは、自らこの状態を継続させることができる自主性と、カイゼンの原理原則を理解して今後も進歩させる能力を身に付けることが大切だと考えたからです。実際にA社は、その後も着実にカイゼンを実行し確実に進歩しています。カイゼンは結果も大切ですが、それぞれの参加者の皆さんが自分の仕事について考えを巡らせて更に良いものを作るというプロセスも重要です。私はカイゼン指導をするに際して、この点にも大きな関心を払い実現に向けて努力しています。