脱力・カイゼントーク 第19回

サイレント・マジョリティ

だいぶ前からA社の現場には使われていない設備が置いてあって、ずっと気になっていました。先日、何の設備なのかを尋ねると、まさに私の目の前で作業者が手動で行っている熱処理を自動で行う装置でした。熱処理は火を扱うので暑く、多少の危険を伴うので、自動化することで作業が楽にかつ安全になります。なぜ使わないのですか?と尋ねると、「言わないでほしいのですが、、、」という前置き付きで、この設備は本社技術部が現場の声をほとんど聞かないで作ったもので、自動化はされたのですが、段取り替えにとても時間がかかり生産に遅れが出るので、普段は使わないと教えてくれました。現場では本社技術部の人が来るときだけ、使うようにしているとのことでした。実際にはこの設備は邪魔なのですが、本社のメンツをつぶさないため、あるいは使っていないことが問題視されるのを避けるために置かれたままになっていたようです。

この現場はカイゼンにとても熱心で、生産性や品質の向上に大きな成果を上げていましたが、この設備に関する問題は放置されていました。私はこの時に「サイレント・マジョリティ」という言葉を思い出しました。積極的な発言を避ける一般大衆のことを意味する言葉です。

この時の現場の皆さんは完全にサイレント・マジョリティでした。誰もが不満を持っていたにもかかわらず、一人も声を上げなかったのです。このままでは投資を回収できないばかりでなく、本社技術部は成果を上げたと思っているが、実は設備に問題があり使えない状態が放置されているという本社と現場の認識のずれは、今後も解消されないだろうと感じました。

私は、この状態を放っておくわけにはいかないと考え、まずは自分たちでどうすれば段取りがし易くなるのかを考えよう!と提案しました。段取り替え担当者と作業者と一緒に検討すると、意外にも簡単な解決策が見つかりました。本社技術部の仕事に手出しをしてはいけないのではないか?と心配する人もいましたが、その場で社長が会社を良くするカイゼンなのだから遠慮せずドンドンやれ!と言ってくれたので皆は安心しました。早速、本社技術部と連携してカイゼンを実行し、設備は常時使えるようになりました。自動化設備なので、作業の安全性が高まり、他の設備との掛け持ちが可能になったので、生産性を上げることができました。

よくある話であるかもしれませんが、この現象は「KY(空気読め)」や「忖度」という言葉が普通に使われる日本に一番多いのではないでしょうか。

ナゼ私が指摘できたか?は簡単で、コンサルタントの私はサイレント・マジョリティになってはいけない立場にいるからです。しかし私はいつも現場にいるわけではないので、私の意見だけでは不十分です。そこで私と同じポジションにいるのは社長です。私がまずサイレント・マジョリティの殻を社長の前で破りましたが、次からは社長が殻を破る番です。

今回は、本社技術部が工場現場の声をほとんど聞かずに設備を作ってしまったことが問題の発端です。工場にとって、本社はモノを言えない存在であることは多いです。もし声を出して、それでも使えと言われたらどうしようとか、本社ににらまれたら大変だから黙っているという気持ちも現場の皆さんにあったかもしれません。きっと他にも似たような事例があることでしょう。

サイレント・マジョリティが多ければ会社のカイゼンは滞ります。そのため、社長はこのような現象が工場内に起きていないかをチェックしてください。現場で意見を言いづらい状況が見受けられたら、関連する部門間で話し合う場を設けるなどして、従業員が自由に意見を言える心理的安全性の高い職場環境を作りましょう。また、本社技術部の立場に当たる人は現場の声を聞くことの重要性を理解し、現場を頻繁に訪れて直接フィードバックを受けるようにしましょう。同時に、現場も、作業中に気づいた様々なことを技術部に気楽に伝えられるようにしましょう。

結論として、社長が積極的に現場の状況をチェックして本社と現場のコミュニケーションを強化することは、会社全体のカイゼンレベルを高めます。これにより、従業員の意見が反映され、問題の早期発見と解決が促進されるでしょう。