プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第163回

プロジェクトチームの休憩室(11)

連載の前回では、筆者が企業に勤務していたときの上司Aさんと再会したことを書きました。仲介をしてもらった人を含め三人で当時を振返りながら楽しい時間を過ごしました。過去についての会話を楽しく共有できる関係そのものが、おカネで買えない貴重な財産だと筆者は考えています。その人たちにしかもつことができない宝もののような存在だからです。Aさんは業務上で関係する部署の管理職であり、筆者の直接の上司ではありませんでした。直接の上司ではないにもかかわらず、とても印象に残る方だったと前回の本欄で紹介しました。今回はAさんとの再会での話題とその延長上で考えたことを述べることにします。


次の機会は無い
Aさんは超ワンマン経営で高名な企業において10年をはるかに超える長期間にわたって副社長という激務を務められたことを紹介しました。この企業で社長は部下の管理職にいきなり難問の解決を指示されることは日常茶飯事だったそうです。そしてそれがうまくさばけないと、管理職を続けることはできず退職することになる。つまり、毎日が真剣勝負なのですね。ふつうの企業であれば、社長の指示に対してうまくできなかったからといっていきなり退職につながることはまずありえません。しかし、これがこの企業独自のルールまたは文化として定着していたそうです。従って、退任・解雇されず長期にわたって要職を続ける人たちがどういう人たちかを容易に想像することができます。このような管理職の人たちが構成する組織は、まさにスーパー・チームといったことになるのでしょう。次の機会は無い、これがすらりと通用する。この企業ならではの凄みを感じます。

ところで、このような超ワンマン経営は一般的にはなかなか存在し通用することはないように思われます。しかしながら、必要なときにはスーパー・チームとは言えないにしてもプロジェクト・チームがうまく機能する。そのような組織なら実現できるのではないでしょうか。超ワンマン経営ではない企業で、そのようなチームづくりのためにどういったやり方で取り組むことができるか。まずはそれに関係の深い「サービス精神」について述べることにします。

サービスはいつでも無償 よくある誤解
わが国では、サービスとは無料(無償)または無報酬という考えが社会にかなりしっかりと定着しています。かんたんに言えば、「サービス=無償」です。とくに、有形ではなくカタチの無い(無形の)ものについては無料、それがほぼ常識となっています。「無形のサービスだが有償」という常識がつねに通用するのは弁護士などの方々への相談くらいではないでしょうか。さすがにこれは有料という社会的な常識があります。医師への相談も当然のことながら有償は当然ですが、ここでもまだそういう常識がしっかり定着しているとは言えないようです。例えば、病院や医院に行くと必ず次のような掲示があります。「電話によるご相談は・・健康保険法に基づき診察料を請求します」、これは相手が医師であっても「電話で尋ねるだけならタダ!」とカン違いして電話で相談する患者が、未だに無視できないほど存在しているからでしょう。

サービス精神とは
前項で「サービスは無形といえども無償ではない」ことをくどく説明しました。しかし、「サービス精神」と言えば、不思議なことに何となく無償が前提だろうなという雰囲気が感じられます。例えば、職場で経験豊富なベテランが若手社員を教育することを想定してみます。その状況を上司から見て「彼(ベテラン)は既存のマニュアル一辺倒でなく、若手社員それぞれの理解度を踏まえながらそれに合わせて教育している」、「指導者として、なかなかサービス精神が旺盛だな~」、といったふうに表現し評価することがあります。

企業としてはこのようなサービス精神をわかりやすく明文化することはやろうと思えばできるはずです。社内の若手社員に対する教育に明文化は必要なことですし、さらには顧客に対して提供するもの全てについてサービス精神を盛り込むこともできるはずです。そのためには、サービス精神を「見える化」して具体的な行動につなげていくことになります。このあたりについて、わが国には「5S活動」という優れた思想と行動の体系があります。5Sのひとつに「しつけ(躾け)」がありますが、これは「組織や職場の規律」そのものを指していると筆者は考えています。サービス精神もこれに含めることができます。

サービス精神を発揮する
筆者が自動車会社を退職して従業員7名の小企業に就職したとき、その企業の営業担当の顧問に同行してある製造業の本社を訪問しました。顧問は訪問先企業の社長と旧知の間柄でした。ところが初対面での社長の筆者に対する発言にはびっくりしました。社長は筆者にいきなり「当社では従業員全員にただ二つのことを徹底するようにしている」、それは次のようなことでした。

・電話がかかってきたら三回鳴らさない(二回目までにとる)
・社内でお客さまを見かけたら挨拶する


続けて社長は「このような二つのことが徹底しないうちはあらゆる研修教育は無意味だ」、と断言されした。筆者としては、驚くとともにすっかり感動して「全くその通りですね!」と社長のじつにシンプルな方針に全面的に賛同してしまいました。それ以後は当方の商品説明などは出る幕が無く社長の経営方針などをひたすらお聞きすることになりました。恐らく社長は筆者を見て駆け出しの研修講師と見抜かれたのでしょう。社長としてはそのような講師に対して何らかの教育になればとのサービス精神を発揮されたのだと思いました。同行した営業担当の顧問は売り込みのシナリオがすっかり狂ってしまったので、帰りの電車内でポツリと「ダメだったね」と落胆してのひと言がありました。

ところが、この商談の結果を落胆する必要はありませんでした。半年ほど経って幹部社員全員に対して2泊3日の研修を実施することになりました。その研修では社長から幹部社員向けに1時間ほどの社長講話がありました。筆者も聴きましたが、優れて興味深いものでした。今でもはっきりと思い出すその講話の一節を紹介します。

接待ゴルフのお誘いどうする?
わが国のビジネス社会では接待ゴルフはごくふつうのこととして受け入れられていますが、社長は、先ず断るべしということでした。次のような流れでしたたが、単純に断るだけということではありませんでした。

「取引先など社外の方々とのお付き合いで接待ゴルフの誘いがあるが、これは断るべき」、なぜなら「発注先選定などで数社からの選択に際して、どうしても公平な選定ができにくくなる」、「ゴルフで接待されるようなおつき合いがあると選定に偏りが避けられない」、これはなるほどそのとおりですね、納得です。ところが次の言葉には驚きました。「接待ゴルフのお誘いがあったら、逆にこちらからその方へ接待を申し出なさい。わが社にはそのために確保したゴルフコースが準備してある」、「そこを取引先と一緒に自由に使ってよい」。自由に使ってよい、これはゴルフを趣味とする取引先や従業員の気持ちを理解したうえでのことだったのでしょう。まさに逆転の発想であり、社長としてのサービス精神の面目躍如といったところでした。