新しいモノづくりの考え方 第11回

これからの日本式デジタル化⑩

先回、日本の製造業のデジタル化は経営者だけでなく、作業者もかかわりを持つと書きました。今回はその作業者がかかわるデジタル化について具体的な内容を考えてみたいと思います。

私が最近の現場の課題で気になることとして、技能継承があります。団塊の世代の次の世代の方たちが定年を迎えているのですが、その方々が持つ高い技能が次の世代に継承できないという問題です。大型精密機械の複雑な段取り替え、微細部品の正確な溶接、個々の設備が持つ微妙なクセの調整など、職場内には難作業が結構あるものです。ところがそれらの仕事はそれを難なくこなしてしまうベテランの方に任せっきりになっていて、もしその人が退職してしまったら一体だれがやるんだろう…?!と誰もが思っていることが多いのです。

それならばマニュアルを作ればいいではないかと思っても、そのレベルの作業を文章でマニュアル化するのは困難です。たとえ頑張って文章化したとしても、文章が複雑で膨大になるので、別の人が読んで理解できないと思います。私は最近頻繁にこのような状況を目にしますが、ズルズルと後回しになって解決に至っていないという、かなりピンチが目前の状況です。

しかし、実はそんなに難しくない方法でこの問題の解決は可能です。答はデジタルの活用です。デジタルといっても道具は普通のスマホです。要は、今はベテランしかできない難しい作業を動画に撮って、それにいろいろな工夫を加えて次世代の若い人たちにその技能を修得していただくのです。私が動画の有効性を知った事例を一つご紹介します。

事例 複雑な部品組み立て作業の継承 K社
あるフィルターコンベアの部品は精密な金網を使って切断・折り曲げ・組み立てをして完成するのですが、大きな柔らかい金網材料を使う作業は図面通りに作ることが難しく、できるのはベテランのS氏一人でした。過去に数回、若手をS氏に付けて作り方を教わる試みをしていましたが、S氏は教え下手で、かつ厳しく叱るタイプだったので、ことごとく失敗していました。

そこでまずS氏の作業を撮影して動画にし、それを工場長や後継候補のB氏にも入ってもらって皆で一緒に見ました。S氏は自分の作業の解説をしてくれたのですが、話がうまくなく、皆には伝わりませんでした。B氏はS氏から指導を受けることを諦め、S氏の動画を参考にして自分で作業を行い、まだ不十分な状態でしたが自分の作業を動画に撮りました。そして再び全員で集まり、S氏の動画と今回撮った自分の動画を同時に並べて見てみました。

するとS氏が2つの動画の比較から2人の作業の違いを見つけ、どう違うのかの説明を始めました。例えば「足の位置が違うが、俺の足は金網の位置がずれないように押さえているが、お前の足は何の役にも立っていない!」といった感じで具体的にどうすればいいのかを分かりやすく説明してくれました。前回と違い、この時の説明は全員が理解しました。

動作の違いを理解したB氏はその部分をカイゼンして作業をし、再び動画を撮ってS氏に違いを指摘してもらうことを続けました。このやり取りを数回繰り返すうちにB氏はその仕事のカンコツを習得し、S氏の技能レベルに近づき、S氏一人しかできないという危険な状況を解決しました。K社にはこの仕事以外にも特定のベテランしかできないという仕事があったのですが、それらを洗い出し、この方法ですべて解決することができました。

この動画を使った教育訓練を通じて分かることは、複雑な作業のカイゼンには動作が見えることが大変に大きい役割を果たすということです。この事例では比較で2人の動作の違いが見えました。他にも拡大して見えるとか、スピードを変えて見えるといったいろいろな見えるがありますが、これはデジタル化の恩恵と言えるでしょう。

スマホのように身近にあるにもかかわらず、意外と使われていない道具はまだほかにたくさんあると思います。これまでのやり方を変えるということには勇気が要りますが、一回経験すればその良さはすぐに分かります。デジタルは意外と身近です。

目の前の課題をスマホで動画撮影するなどの積極活用でどんどん解決していきましょう!