プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第90回 番外編

おみこし経営で成長する組織づくり
 トップのリーダーシップとの調和が信頼のもとになる

前回は番外編として、わが国の基本であるおみこし経営を無視すると失敗につながることをお伝えしました。事例として東京都の条例で円滑に都民の理解が得られケースと、それに反して構想段階で早くも批判や反論が相次ぐケースがあることを紹介しました。いずれも、トップダウン式のいわゆるボート経営スタイルでした。
今回は、おみこし経営の基本とトップのリーダーシップがしっくり調和している事例を紹介します。

【1】そもそもおみこし経営とは
おみこしを担ぐ、担がれているという表現があるように、「おみこし」には「担ぐ」ほうに焦点があたっています。担がれているほうの経営者(トップリーダー)は、何もしないほうがうまく行くという考えがありますが、もちろんこれは一般的にどこにでも通用するものではありません。
おみこし経営としては、担ぎ手の自主自律的な考えや行動が前提になります。経営者はそのために「いまわが社はどこに向かっているか」「そのためにどのような目標を目指しているか」などが明確に伝わるようなコミュニケーション(伝達、指示、時には命令など)が欠かせません。必要な場合はトップダウンのリーダーシップを発揮することになります。おみこし経営という言葉の印象よりもずっと難しく繊細な感覚が必要になるマネジメント方式と言えます。

今回、紹介するのは首都圏のある企業(製造業、従業員約100名)の事例です。事例企業の社長とは、2年ほど前に経営者向けセミナーで、たまたま同じテーブルで名刺交換した方です。その後、会社訪問やオンライン対話で経営課題などについて率直な意見交換をしました。コロナ禍のため対話が途絶えていました。年初にオンラインで久しぶりに対話の機会ができました。前回と比べると、1年ほどで見違えるような変化を聞くことができました。
以下、『 』内は社長のコメントです。

【2】辞める人はすぐ辞めるが
『受注はこのところずっと高水準で、設備能力や人員不足が続いている。設備を増強し人員も新規採用しているが、それでも不足状況が続いている』
『これまでは新人を採用しても長続きしなかったが、様変わりした。応募した方々と面接しているが、辞める人はすぐに(少なくとも1週間以内に)辞めるようになった。その代わり、辞めない人のパターンが明確になった。入社後、3か月間の訓練期間がある。これを受講して辞める人は皆無になった』

新入社員採用後の定着率は気になるものです。辞めないわけは社長の説明によると、訓練期間を充実させたことで、入社後担当する仕事についての理解が増した。同時に、職場の雰囲気が明るく人間関係についての問題が無さそうと評価されたのではないかとのことでした。辞める人はすぐ辞める、これはお互いの相性という面もありますから、ある程度はやむを得ないことです。それよりも3か月間の訓練期間を経た人は全員定着する、これは素晴らしいと思いました。

【3】ベテランがいなくなると業務に大きな支障が出るが
『職場に業務遂行のカギとなるベテランがいた。しかし、その人がひとりで職場の雰囲気を悪く(暗く)していた。OJTによる部下育成をやらない。やらないから部下が育たない。育たないから仕事にミスが出て注意される。このように雰囲気が暗くなる悪循環が続いていた』

ベテランとしては自分の経験では先輩から仕事の進め方を教えてもらったことは全く無い。部下育成が自分の仕事であるという自覚は全く無かったそうです。従って、部下のスキルがなかなか上がらない。社長としては、しばしばOJTを実践するよう協議したが全くやるつもりが無い状態が続いた。そして、その職場の士気は下がる一方だったそうです。そこで、社長は本人に伝えたそうです。「OJTによる部下育成はベテランとして欠かせない業務。これをやるつもりが無いのなら会社を辞めてもらう」、社長としてはその職場の業務に大きな支障が出るのが恐かったそうですが、とにかく決断した。本人は社長の宣告に驚いたもののすんなり辞めることになったそうです。
ここから先の展開が興味深いところでした。職場のメンバー全員が社長の決断に奮起し、早期に業務を支障なく進めることができるようになったそうです。当然のことながら、職場の雰囲気が見違えるように明るくなり、同時に業務スキルが向上したそうです。

【4】就業規則の変更が切り札に
これまで定年は60歳となっていたが、その後の5年間について定年延長を従業員自身の意思で自由にできていたそうです。これを、60歳の時点でその後の継続雇用を会社が決めることにした(会社が指名した人のみ定年延長できる)と就業規則を変更したのだそうです。もちろん、従業員全員にこれを告知したがとくに異論はなかったそうです。
これは、先に述べたように職場の雰囲気を悪くするベテランがもうひとり別の職場にいて、そのための対策になるのだそうです。このベテランも業務遂行のキーマンなのに、ひとりで雰囲気を暗くしている。先の例と同じように本人と協議し最終的には退職を勧告したが、あれこれと理由をつけて(退職の条件次第で「取引に応じる」という姿勢で)勧告を聞き入れないのだそうです。しかし、このベテランは定年退職まであと1年。社長には就業規則という切り札があります。1年後は定年で退職するしかありません。

『1年経てば、その職場のみんなが安心して働けるようになる』 

就業規則の変更は、もう少し前の時期に実施したことであり、必ずしもこのような事態を想定していたわけではないとのことでした。

【5】社長の思いと考え
今回お聞きしたことから次のようにまとめてみました。

・社長ひとりでは何もできないのだから、従業員それぞれが職場で責任をもって自律して仕事ができることが必須である。
・そのために職場の環境を整えることが社長の仕事であり、安全で安心して働ける職場にする。 そのような職場こそが、従業員と組織の成長の前提になる。
・そのような職場の雰囲気を損ねる人は面談・協議する。それでも改まらない人は辞めてもらう。

このような思いと考え(経営哲学)が社長として明確になり、それが従業員の方々にも伝わったのでしょう。従業員の自律はまさにおみこし経営の基本となるものです。そして、社長でなければできないトップのリーダーシップを意識され、それがしっくり調和している。そのように感じました。