今回は番外編です。本連載では、これまでわが国の企業経営の基本はおみこし経営であり、欧米はボート経営であると述べてきました。これは、わが国と欧米それぞれの社会の反映でもあります。まずは社会の特長で言えば、わが国は多様性であり欧米は効率性です。次に経営や政治のスタイルとしては、異論に耳を傾けるのがわが国の大きな特長と言えます。岸田首相の得意技は「人の話をよく聞くこと」だそうです。これまでの首相の言葉として、わが国で初めてのことではないかと思いました。
今回は、わが国の基本であるおみこし経営を無視してボート経営式のやり方をとると失敗すること、逆にどういう条件があれば成功するか、東京都条例の事例から述べることにします。
ここで、欧米とはOECD加盟の6か国(米国、英国、フランス、ドイツ、カナダ、イタリア)などを筆者は想定しています。まず、ボート経営とおみこし経営について本連載(第31回)から引用します。
【1】ボート経営とおみこし経営
ソニー創業者のひとりである盛田昭夫氏は「米国はボート経営、わが国はおみこし経営」として、その経営スタイルの得失を述べておられます(文藝春秋、1969年)。次のように要約してみました。
図 ボート経営とおみこし経営
米国はボート経営
強いリーダーシップで、ボートのこぎ手は前を見せてもらえない
ボートがどこへ向うのかはコックス任せ、こぎ手は後向きに坐ってただこぐことにのみ専心
能率の点からみればもっとも効果的だが、能率の上らぬメンバーははじき出される
日本はおみこし経営
おみこしは道幅いっぱいにあっちこっちに動きジグザグにねり歩く
経営者は目標や方針を示すが細かいことには口を出さず、指揮らしい指揮はとらない
スタートからゴールまでの行動は効率が悪い
要約すると・・
ボート経営はトップダウンで、効率を重視して組織のトップが主導する。おみこし経営は指揮らしい指揮をとらずに組織の自律性を引き出す。このように要約できます。盛田氏は、一見して効率が悪く見えるおみこし経営のほうがリスクが少ないと述べておられました。
次に、都知事が条例案の構想を提示しただけで批判や反論が相次いでいる話題を紹介します。ボート経営の特長であるトップダウンのやり方が出てきます。
【2】批判や反論が相次ぐ 小池都知事の太陽光発電設備の設置義務化
都内で新築する住宅に太陽光発電設備の設置義務づけを検討する意向を、小池都知事が明らかにしたのは昨年9月のことでした。再生可能エネルギーの普及に向け、都知事としては目標ではなく義務化という点が注目されていました。
新年早々3日、条例制定を目指す小池都知事の意欲的な発言「ゼロエミッション東京の実現」に対して批判や反論が相次ぎました。条例制定は早くも構想段階で難航する様相になってきました。再生可能エネルギーを普及させることの意義は理解できても、都民個人が自宅の新築時に追加の出費を強いられます。出費はあってもモトがとれるかどうか、つまり経済的に見合うものなのかその見通しが無ければ、全面的には賛成できない。当然の反応ですね。
【3】トップダウンでもうまくいった 都内へのディーゼル車の乗り入れ制限条例
2005年、当時の石原都知事は都内へのディーゼル車の乗り入れ制限の構想を提示しました。最初の発表の場での真っ黒な液体入りのペットボトルは空気汚染を示すものとして大きな反響を呼び、都民の強い関心を惹き付けました。これは典型的なトップダウン式のやり方、つまりボート経営方式のやり方でした。東京都から関係者への根回しは無く、対応すべき業界(自動車製造業や運送業など)としては寝耳に水の事態だったと想像します。
業界にそういう事情はあるとしても、条例の意義は都民に受け入れられました。条例の詳細はわからなくても都民にとって悪いことでは無いという理解です。そして、対応する業界が抵抗勢力になることなく達成に向けて舵を切りました。業界としても、環境問題で都民を敵にしても良いことはひとつもありません。賢明な判断だったと思われます。ボート経営の一環であるトップダウンはわが国でも条件が整えば、つまり、目的とそのための負担が見合うものであれば、きちんと機能できる一例と言えるでしょう。
【4】合意形成の基本をおさえる
いきなりのトップダウンでもうまくいったのは何故か、まず提示案は良いことであると都民からそれなりの理解が得られたことです。次に、対応すべき業界がこの事態をきちんと受け止めたことです。また、記者発表での真っ黒な液体入りのペットボトルなどを含め、局面をスピーディに進行させた石原都知事(当時)の政治手腕も秀逸だったと言えるでしょう。
再生可能エネルギーを普及させることの意義を都民として理解できたとしても、個人としてそれなりに「良いこと」がなければ義務(負担)だけでは賛成多数とはなりません。従って、住宅を新築するとき太陽光発電設備を設置したほうがトクになる、こういう制度設計がまず必要でしょう。現在のFIT制度(固定価格買取制度)では、自宅で太陽光発電してもモトが取れるのか見通しがつかない状況です。このへんの事情や問題点を整理・解決する、そして東京都が率先して新しい制度を立ち上げる。モトが取れる見通しがつけば、条例による「義務化」などは全く不要になるはずです。
欧米諸国では、コロナ対策のマスク着用義務化、ワクチン接種義務化など、「義務化」には必ずと言ってよいほど反対のデモが起こります。わが国も欧米諸国と同じように国民主権の民主国家ですが、マスクもワクチンも法的な義務化などの必要はありません。
新築住宅への太陽光発電設備の設置義務化については、「義務化」という点がおみこし経営の観点からするとかなりの違和感があります。太陽光発電を拡大するという趣旨には誰も異論は無いはずです。おみこし経営の基本に立ち戻り、合意形成から丁寧にやっていかないと失敗することになります。
次回は、トップの丁寧なマネジメントが明るい職場づくりにつながる事例を紹介します。