プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第76回

学生を授業に集中させる
 ~プロジェクトやマネジメントを使いこなす(その2)

前回は、非常勤講師を引き受け教材はすべて自分でつくり準備を整え初めての授業に臨むところまでを述べました。研修講師の経験があったことや企業現場の経験者からその雰囲気を学生に伝えることにも魅かれました。それで「技術者倫理」という未体験領域に踏み込みました。初めての授業では、事前に想像もしなかった難問が待ちうけていました。それは、学生の居眠りやひそひそ話しでした。さらには遅刻、内職(他の講座の宿題をやっている)、居眠りを通り越して熟睡もありました。要は、授業がつまらなく感じるので集中できなかったのです。関心の高い話題には真剣に聞いているのですから、筆者の講義がつまらなく魅力的ではなかったのです。
今回は、学生が授業に集中しないという難問をどうやって解決したのか、言い換えると授業の本来の目的にどうやって集中させるかということでもありました。まずは講座で扱う技術者倫理についてその背景を説明します。

【1】技術者倫理(engineering ethics)とは
社会の一員であれば誰でもその行動には倫理が求められます。現代社会は科学と技術の進歩・発展が支えています。従って、とくに技術者の仕事は方向を誤ると社会に大きな災禍をもたらすことになります。そのために技術者のための倫理がひとつの分野として確立しています。技術系の教育機関のほぼ全てで、講座として提供されています。
この講座に期待されることとして、筆者は「三方良し」の精神であると考えました。わかりやすく言えば次の事例のように社会貢献の真逆の悪事を組織内部から無くすことです。

【2】企業不祥事の事例
1.ドイツ自動車メーカーのディーゼル排ガス不正事件
2015年10月に米国で発覚したVW社の排ガス浄化装置を無効化させる不正なソフトを組み込んだ事件です。この問題はVW社だけに留まらず、疑惑はダイムラーやBMWなど全てのドイツ自動車メーカーにも飛び火しました。組織ぐるみの大胆な不正行為でMade in Germany の名声は地に落ちました。不正行為に内部で声を上げる技術者は全くいなかったということです。

2.三菱電機の検査不正問題
2021年7月同社の杉山社長引責辞任に続き、最近になって柵山会長も辞任との発表がありました(10月1日)。不正が発覚したのは、長崎製作所で製造していた鉄道車両用の空調装置。冷房の消費電力試験で異なる温度や湿度による試験を実施するなど、1980年代から30年以上に渡り、空調機の安全性や性能に関して、実際に検査していないにも関わらず、8万4600台の空調装置を出荷していました。実害は出ていないとの弁明がありましたが、企業の信頼を著しく損ないました。長期間、技術者に限らず誰も声を上げなかったということになります。その原因として、内向きの組織風土や事なかれ主義などが指摘されています。
二つの事例でわかるように、技術者がつねに自分自身の判断力を働かせることが欠かせません。経営者、上司の指示や組織の慣習を少しの疑問も無く受け入れると、司法から厳しく処罰される、あるいはこれまでに築き上げた信頼を一瞬にして失うことになります。
従って、講座では「自ら考え行動できる」ことを最も重視しました。この観点から、講座の概要と達成目標を次のようにしました。

【3】講座の概要と達成目標

概要
自ら考え行動できることが、健全な社会人、職業人の基本要件となる。職業人は誰でも、社会に対して相応の責任と影響力を持つ。
職業として技術者の道を歩く人たちに、技術者の仕事や役割、倫理が必要とされる仕事の場面や背景、仕事の正しい進め方、技術者の覚悟などを伝えたい。
自立とは何か、ぶれない人生とは何かをともに考える。

目標
1.技術者の倫理が必要とされる背景を理解する
2.技術者の良心を支えるための「考え方」と「仕事の正しい進め方」を学ぶ
3.在学中だけでなく卒業後もつねに「学び続ける技術」を学ぶ
※学ぶとは;まず理解する、次にそれが少しずつでも行動に移せるようになること。


このような準備をして教壇に立ったのですが、企業内研修と異なり、遅刻・居眠り・私語・内職は当たり前の状況でした。講師にとってはカルチャーショックの連続でした。とはいえ、興味・関心のある話題であれば真剣に聞いています。講師のやり方しだいであると考えて作戦を立てました。

【4】研修講師のノウハウを活かす・・チーム討議のレポート提出
筆者はプロジェクトマネジメントの研修講師を務めています。すべての参加者に自ら検討して発表する(発言する)機会をつくるようにしています。誰でも自ら何らかの関わりをもつ機会があれば、集中度は上がるはずと考えます。
そこで90分の時間の中で、講師が提示した課題についてチーム討議を行い、その結論をレポートとして提出することにしました。90分の時間で、つねに2~3件の課題をやることにしました。

チーム討議の結果を提出する
①チームは3名とする
②チームリーダーを決める
③チームとしての結論がまとまらないときはリーダーが結論を出す
④全員自筆で署名したうえで講義終了時にリーダーが提出する
⑤学期内にリーダーとして4回以上提出する


階段教室での3名チームは、普通の会議室とは異なり少し難しい面があります。毎回、プロジェクターで3名の組み合わせの図を投影しました。

図 3名でチームをつくる (階段教室でのチーム構成)


【5】講師の権限を活かす・・レポート提出に重みをつける
講座の単位取得の合否は学生にとって重要です。とくにここでは必修科目になっていました。必修科目が二つ以上不合格になると3年生だと進級できませんし、4年生の場合は卒業できません。そこで、期末試験の成績だけで合否判定するのではなく、レポート提出も判定要素とすることにしました。期末試験60%、レポート提出40%という重み付けにしました。総合的な単位取得の合否判定としては60点でしたから、レポート提出を全て怠ると期末試験で満点をとらない限り単位が取れないことになります。

チーム討議の導入でじっと聞くだけでなく発言の機会がある、すると講師への質問も増えてきました。チーム討議のレポート提出は、単位取得の判定にも影響するのでおろそかにはできません。また、技術者の卵たちとして将来の自分が関わる課題でもあります。こういったことから、当初の状況は様変わりしました。とくに90分のうち、いつ「今からこれをチームで討議する」ことになるのかがわからないことも緊張感を維持することにつながったようでした。

次回は筆者のこの体験について、プロジェクトやマネジメントを使いこなす観点からそのポイントを述べることにします。