前回は、おみこし経営が基本となるわが国でトップリーダーを補佐する参謀の役割について行政庁の諮問機関の例をとり上げました。そもそも参謀は表に出ない存在であるわけですが、民主主義で国民主権のわが国では、参謀は自らの見解を求められる機会があります。その場合、何かしらリスクに関することについてのコメントは丁寧な扱いが必要になることを述べました。少なくともリーダーがそのことについて参謀の見解を(承認はしないまでも)理解していなければ「これが私の見解です」と率直に表明することは避けるべきであるとしました。
今回は、組織内の多様な意見やアイディアを取り入れるおみこし経営における参謀的な機能について述べることにします。
【1】ボート経営では当たり前の仕組み
これは本連載第54回で「英国の秀逸なワクチン接種計画」として紹介しました。サブタイトルとして「取り組みを支える科学と論理」をつけました。まだ国内で最初の感染者が確認されていない昨年1月に首相直属のワクチン・タスクフォース(特別チーム)を立ち上げています。
この場合、トップリーダー(首相)を支える参謀は保健相であり、その保健相は参謀としてベンチャーキャピタリスト(未公開企業投資家)を指名します。その人物の経歴が猛烈です。オックスフォード大学の生化学の学位とハーバードのMBAを持つのですが、決して感染症の医師ではない。ワクチンがカギになるので、医師ではなくバイオテクノロジー企業への投資の専門家を選ぶ。このニュースを聞いたときその人選に筆者は驚きましたが、ボート経営では当たり前の手馴れたことなのだろうと思いました。良い結果を出すために、優れた参謀を選任し活用する。これはボート経営の世界では常識になっているということです。
わが国のおみこし経営でもこのような参謀機能は欠かせないわけです。ただ、ボート経営のようなスタイルも取れないことは無いにしても組織的にすわりが悪い感じがします。それで参謀機能を働かせるためにはちょっとした手間や手数がかかります。まず、わが国の組織運営では「空気」が良くも悪くも影響します。
【2】正論や秀逸な意見であってもとり上げない組織の空気
筆者の出身地である鹿児島の方言で「ぎを言うな」があります(ぎ:討議の議のことです)。これは「討議はもう止めろ」「リクツはもうたくさんだ」といったときに使われていました。先輩からこの発言があった場合、後輩としては沈黙することが常識でした。現在ではこういう悪習は消え去ったようです。消え去った悪習はともかくとして、正論や秀逸な意見であってもとり上げない状況はわが国にはいまも存在しています。
組織の空気がじゃまをしてこういうことが起ります。新参者が良い意見を出しても、従来の延長上に無いあるいは組織の常識では無い意見は無視される。本連載の前回(第60回)の一節「リスクを真正面から討議できないわが国」で紹介しました。JOCでのある理事の発言「東京五輪 延期」が好例です。皆が一丸となって取り組んでいるときに何を言うかと叱責されるのです。「空気感は大本営発表と同じ」だったそうです。こういう空気がありますから、組織のトップとしても従来の延長上に無いことを提案することは難しくなります。「前例が無いからやってみよう」は有名な言葉ですが、かなり難度が高いことなのです。
しかし、おみこし経営では組織の多様な意見を尊重します。この特長をうまく活かすことができれば、ボート経営の参謀よりも優れた結果を出すことができます。
【3】リーダーによる「鶴のひと声」がうまくいくとき
本連載(第42回)「組織の活力を維持しながらリーダーの論理を優先する」で述べたことです。リーダーによる「鶴のひと声」が効果的に働く条件を紹介しました。数々の名馬を育てた調教師の藤澤和雄氏の著書のエピソードのポイントは次のようになります。全くの新参者の提案でしかもそれが従来の常識を覆すものでしたが、円滑に受け入れられたそうです。その口火をきったのは厩舎を預かるトップリーダー(厩舎長)のひと言だったそうです。「藤澤の言うとおりだ、これからはそうしよう」、リーダーの完全な賛同が問題を解決しました。
ここからの教訓は、リーダーによる「鶴のひと声」がうまくいくためには前段階のプロセスがカギになることです。ありがたいことにおみこし経営の組織には多様な意見が存在します。その中にたったひとりでもリーダーの考えと同様な発想があったら「そのとおり!」とすかさずとり上げる。
たったひとりであっても組織からの発想をリーダーが取り上げたことが、おみこし経営のポイントになります。リーダーからの直接の発信とは異なり、組織の多様な意見のひとつをとり上げたことがおみこし経営の特長であるすっきり感と納得感を生み出します。