プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第40回

多様性こそが日本の強み

「多様性こそが日本の強み」と題して、1月21日にオンライン講演会で講師を務めました。
この講演会は、本連載の最近10回分の内容をまとめるかたちになりました。話題の中心として、わが国全ての企業の特長であるおみこし経営とそれに対するボート経営を扱いました。
今回は、この講演会での参加者との質疑応答から見えてきたこれからの中小企業経営における注意点やヒントなどを述べることにします。

【1】整理統合はわが国の基本的文化の否定
講師を引き受けたきっかけは、新内閣の産業政策について大きな違和感があったからです。まず、ニュース番組で新内閣は地銀や信金の整理統合をやりたいらしいと聞いたことがありました。次に、デービッド・アトキンソン氏(在日の英国人経営者)が内閣経済政策のブレーンであることを知りました。彼の持論は、全国で358万社あり全企業数の99.7%を占める中小企業の整理統合によってわが国産業の生産性を大幅に向上させることです。
整理統合は、多様性という日本の基本的文化を否定するとんでもない暴論です。ここで改めて「多様性こそが日本の強み」であることを講演会ご参加の皆さまに訴えることにしました。次に講演の主なポイント二つを書いておきます。

【2】講演ポイントその1 おみこし経営とボート経営
念のため、この二つの経営のやり方について要約と筆者の結論を書いておきます。
ソニー創業者のひとりであった盛田昭夫氏は「米国はボート経営、わが国はおみこし経営」として、その経営スタイルの得失を述べておられます(文藝春秋、1969年)。次のように要約しました。特徴、傾向、弱みについては筆者の見解です。

米国はボート経営
強いリーダーシップでボートのこぎ手は前を見せてもらえない、ボートがどこへ向うのかはコックス(艇長)任せ、こぎ手は後向きに坐ってただこぐことにのみ専心する、能率の点からみればもっとも効果的、能率の上らないメンバーはチームからはじき出される
特徴 利益効率第一、トップによる迅速な意思決定
傾向 リーダーの論理が最優先する
弱み トップの間違った判断がそのまま組織全体に波及する
日本はおみこし経営
おみこしは道幅いっぱいにあっちこっちに動きジグザグにねり歩く、経営者は目標や方針を示すが細かいことには口を出さない、全般に指揮らしい指揮をとらない、スタートからゴールまでの行動は効率が悪い
特徴 組織の多様な意見を尊重する 人は自前で育て切り捨てない
傾向 組織の総意が優先し論理は軽視される
弱み 非常時の意思決定と行動開始に時間がかかり過ぎる

上述したことは、二つの経営スタイルを割り切ったものです。わが国の基本はおみこし経営であることは間違いありませんが、現実には両者が混在します。また、経営スタイルに限らず我われ日本人の考え方にも両者が同居しています。時と場合により、いずれかが選択されることになります。

【3】講演ポイントその2 わが国は信頼の社会
本連載で繰り返し取り上げてきた「労働生産性の国際比較」があります。半世紀近くずっと先進7カ国で最下位という「証拠資料」です。日本がダントツに優れていることは「社会の安定」です。それは、治安の良さ、国民皆保険等などの国のインフラの充実度で裏付けられています。結果としてわが国は信頼の社会になりました。信頼が基本となっている社会は「先進7カ国」において日本だけで、これには伝統がありました。一例として「富山の置き薬」は江戸時代から続いています。
「国際比較」においてこのような重要な前提条件を抜きにしたものについて、いつでも我われがあり難がるのは良くない習性と言えます。評価指標が欲しいのであれば「他人の評価指標」に頼ることなく「自前で」つくるのが当然でしょう。他人のつくった評価指標の内容を吟味せず鵜呑みにすることは、我われ日本人の論理性の足りなさを示しています。講演では「論理を軽視する」我われ日本人の傾向についてもとり上げました。
日本は素晴らしい信頼社会をつくり上げましたが、それに慣れ過ぎてのほほんとしている傾向が目立ちます。講演での質疑応答と講演後にいただいたご感想などをもとに、次にこれからの中小企業経営における注意点やヒントを述べることにします。

【4】これからの中小企業経営における注意点やヒント
注意点 どのような企業や国とお付き合いするか
講演でのご質問で「生きがい」や「信頼」が諸外国でも当たり前に通用するという前提でのコメントがありました。筆者は生きがいなどの概念が他国にあるのか、まずはそのことから考えてみる必要があると思いました。講師としての回答としては「しっかりした事前の審査が必要ですね」にとどめておきました。同じ人間だから思いや考え方は同じ、このように思ったり考えたりすることはあまりにナイーブではないでしょうか。「信頼」も同様です。信頼が無いので「契約」に頼らざるを得ない。ところが、契約すら守らない国もあります。 今後、企業の成長や発展のために海外との取引も増えるでしょう。いかに市場規模で魅力的に映ろうとも、契約のような無形の概念が共有できない国や企業とは永続的な関係は結べないと考えるべきでしょう。

ヒント トップリーダーの組み合わせ
これは講演後に感想をメールでいただきました。井深大と盛田昭夫、このお二人の時代にソニーに勤務されていた方です。それによると、井深さんはボート経営タイプで自分のやりたいことをどんどんやる。盛田さんはおみこし経営タイプで皆の意見をよく聞いて集団のパワーを引き出す。井深さんは尊敬される人、盛田さんは愛される人だった。この組み合わせがうまくいったのでソニーは大きく成長した。このようなことがメールに書いてありました。ソニー創業者のお二人は、商品開発をボート経営スタイル、組織運営をおみこし経営スタイル、このように経営を分担されていたわけです。
これからは国内の市場規模縮小や海外進出などで企業間の連携が必要になってくると思われます。そのとき前項で述べた信頼の共有や契約遵守のほかに、このようなトップリーダーの組み合わせの良さといったものも決めてのひとつになるのではないでしょうか。