プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第33回

おみこし経営の特長とは

前回、わが国は「効率が悪い」とよく批判されますが、それは比較の基準が全く異なることからくる完全な誤りであるとの筆者の見解を紹介しました。社会のあらゆる領域において効率最優先で運営した結果から、新型コロナ感染症の対応でわが国が欧米6カ国に対して圧倒的に優れていることが明らかになりました。
今回は、この優れた結果の要因と共通するわが国独自の「おみこし経営」の特長を述べることにします。

筆者は海外のニュースをほぼ毎日見ています。わが国との差異を発見するのがほとんど習慣になっており、いつも楽しみにしています。仕事で海外に長期滞在した経験はありませんが、短期の出張は経験しました。中でも2015年から始まったロシアでの「カイゼン講演」では毎年出張しました。5回の出張でモスクワやサンクトペテルブルグなど延べ20都市を訪問、講演受講者合計1500名となりました。これが海外現地での最も直接的なビジネス体験になっています。

【1】コロナ禍で見えた欧米の「他人の意見を聞く気が無い」人たち
今回の感染症対策としてマスク着用の効用は我われの想像以上のようです。
わが国ではマスク着用は日常的な習慣として定着しています。欧米ではこのような習慣が無く、逆にハグやキスなどの習慣はこの感染症を抑えこむためには不利に作用します。国民的習慣を変えるためには努力が必要で、マスク着用がなかなか徹底しないことはよくわかります。それでも、感染拡大の初期に比べれば着用はかなり普及したようです。

ただ、筆者が強く印象に残ったことは欧米では「マスクをつけない自由がある」と叫んでマスク反対のデモに参加する人たちがかなり存在するらしいということです。必要性の説明を聞いて理解できないというのではなく、最初から異なる意見を聞く気が全く無いように見えました。

もうひとつ、ロシア講演のひとコマを紹介します。2018年10月、オレンブルグの会場は当地の大学でした。受講者は、いつものように企業経営者、管理職、商店主などのほか、会場が大学だったこともあり教授や学生など90名ほどでした。ロシア人の通訳を介しての二日間コース、最終日には参加者から感想発表がありました。そのひとつに会場であるオレンブルグ大学教授の感想で「運営が民主的で素晴らしかった、感動した」との発表がありました。我われ日本からの講師二人は、いつものやり方なので「民主的」の意味がわかりません。どういう意味でしょうと質問しました。返事は「どのような質問にも丁寧な回答があった」とのことでした。我われ講師としては日本で当たり前にやっていることだけに「当地では、質問には応えず自分のことだけ発言主張する人が多いのかな」と二人で同じことを感じました。

【2】異論に耳を傾けるわが国の経営
経営者や上司は、反対意見や異なる見解を必ずいったんは聞きます。賛同できなくても「言いたいことはわかる」と異なる見解の存在を認めます。もちろん、「ぐずぐず言わずにオレの言うとおりにやれ」と命令のようになる場合もありますが、例外的と言えます。
盗人にも三分の理、という諺もあります。とにかく相手の言い分を聞くというわが国の特長をよく表しています。海外に同じ趣旨のものがあるか、興味深いところです。罪を犯す者にもそれなりの言い分や事情があり同情や配慮が必要と解釈されます。もちろん、全面的ではなく三分(30%)という制限条項がついています。それにしても、ここまで相手の言い分を聞く姿勢を強調することはわが国に特長的な文化ということでしょう。

結論として、わが国の「おみこし経営」の美点のひとつは、異論や異見を聞く、反対論にも耳を傾けるということにあります。我われにとってそれほど難しいことではありません。米国式ボート経営のようにゴールが見えないままひたすら指示に従うやり方よりも、やる気の面で格段の差があります。これは、グローバルな競争において活用すべきわが国の組織運営の長所であることは間違いありません。

【3】人は単なる資源のひとつに過ぎない
筆者は欧米式プロジェクトマネジメント(PM)業界に所属していました。PMの特徴で印象に残ったことがあります。それは、人(ヒト)はモノ・カネと同列の経営資源のひとつに過ぎないことです。ヒトは要求される一定のスキルをもてばそれでよいという前提で運営されます。限られた期間で、指定された成果物を達成するには効率的な仕組みが必要ということで編み出されたやり方です。PMはそういう目的に対して画期的な進歩であり、人類初の月面着陸を達成した米国のアポロ計画が成功例として語られます。

ボート経営も効率を重視するという点では似たやり方です。ヒトはただボートを漕ぐだけで、質よりもその量だけが問題となります。ヒトには考える力や自ら成長する力があるとはみなさず、ヒトの知恵を戦力化できるとも考えないやり方となります。このように考えると、ボート経営について我われにとって本質的な問題点が見えてきます。筆者は、この話題について友人と二人で討議を続けています。これまでの結論を次に述べることにします。

【4】ヒトを育てカイゼンするおみこし経営
ボート経営は、わが国のおみこし経営とは次のような点が大きく異なります。
①ヒトの成長や発展を必要としない
②カイゼン活動ができない
わが国では、職場で仕事を通じた訓練、スキルアップ、多能工化などは難しくはあっても常識化しています。そのための現場のカイゼン活動も当たり前のこととして実践されています。つまり、上記のことが仕事と同時進行する、とても「効率的な」経営方式であることがわかります。逆に、「ボート経営」は我われから見ると全く「効率の悪い」経営方式であるということになります。わが国は「効率が悪い」とよくマスメディアや識者から批判されますが、異なる観点からは逆のことも言えます。
次回は、おみこし経営の陥りがちな弱点について述べることにします。