前回は、なぜ業務マニュアルの充実が必須となるのかを説明し、業務マニュアルの充実を5S活動で展開することが世界のどの国にもない日本独自の大きな強みであることを述べました。そして、テレワーク時代こそ5Sシステムを適用し組織の自主性・自律性を高めて圧倒的な経営生産性の向上を図る絶好のチャンスと続けました。今回は、生産性の国際比較を踏まえてテレワーク時代にこそわが国独自の強みを活かすアプローチを考えてみます。
【1】50年間も最下位の日本
主要先進7カ国の労働生産性の順位の変遷(時間当り)によると、日本は約50年間ずっと最下位を続けています。いわゆる働き方改革のきっかけのひとつとして、労働生産性の悪さ加減を示すものとして有名なグラフになっています。
【2】グラフから何を読み取るのか
図は7カ国の順位のグラフです。約50年間もずっと最下位を続けているこのグラフを見て、筆者は生産性についての専門家ではありませんが、大きな疑問をもちます。それはこれだけ長期間にわたって最下位がゆるがないのは、生産性の数値(指標)を算出する仕組みが、他の6カ国に対して日本社会には全く適合しないのではないか、ということです。それは、これまでわが国が当たり前として持ち続けた価値観が全く異なるからではないかと考えます。筆者は、この生産性指標は国際比較(他の6カ国と日本との比較)には使えないと思っています。つまり、生産性向上を他の6カ国と同じような方向に転換することは大きな誤りを犯すことになると思っています。
わが国がこれまで当たり前として持ち続けた価値観とは何でしょうか。
それは企業経営で言えば「三方良し」や「企業の永続性」など、一般的な欧米企業とは明らかに異なるものです。これらの価値観の優位性は今回のコロナ禍においてもわが国の雇用環境が比較的安定していることでも明らかになりました。また、新規事業へ転換できるエネルギーを内在していることも見のがせない優位性です。繰り返しになりますが、わが国の生産性向上の視点は、これらをさらに重視した方向に発展させるものでなければなりません。
わが国がとるべき方向は、前回とりあげたように製造現場の5S活動をホワイトカラー職場にも適合することで、職場の自主性・自律性を高めることです。生産性向上は継続して取り組むべき重要課題であることに変わりはなく、それはあくまでわが国独自の強みを活かす方向でなければ他国との競争優位には結びつきません。
【3】ビジネスの原則はシンプル
ここでビジネスの原則を確認します。資本主義社会では「いいものを安くつくる」が大原則です。
「今さら何を当たり前のことを」と怒られそうですが、「品質が良いのだから高く売る」あるいは「質が良くて長持ちするのだから高く売る」ことはできません(いわゆるブランド品など高価な物品の業界は市場規模がきわめて限定的です。製造業の世界には適用できません)。品質とコスト、この両面をクリアしない限り競争に勝てません。
これまで述べてきた業務マニュアルの充実に関連して、重要な視点を次に述べることにします。
【4】名人芸を考え直す
業務マニュアルを充実するためのアプローチとして「名人芸を考え直す」があります。
どの職場でも名人芸といったものが存在します。製造では「現代の名工」といった呼び方もありますね。あえて名人と言わなくても、職場で最も経験を積んだベテランを名人と考えてみましょう。これは良いことには違いないのです。しかし名人芸を考え直すためには、ものごとをなおざりにしないで、リクツをもとに考え直す視点が必須となります。全ての作業を合理的でわかり易くする、誰にでもできるように翻訳していく。このようなマニュアルこそが、カイゼンというシステムが成功するカギになる。つまり、マニュアルの価値は「名人芸を排する」ことによって決まるのではないでしょうか。ここで「排する」とは忌避したり捨て去ることではありません。「排する」ことは、次に延べるように新たな価値のスタートになります。
【5】わが国独自の生産性向上のアプローチ
「名人芸を誰にでもできるようにする」、「名人芸を機械化する」あるいは「自動化する」、これらは技術の役割となります。名人芸と認知した時点で思考停止になり、それ以上の追求は止まることになります。思考停止せず、カイゼン技術を駆使し、名人芸を容易化する、機械化する、自動化する。これはわが国の得意技であり、この土俵なら自信をもって戦えます。ここにわが国の大きなチャンスがあります。欧米は名人芸を決して認めない社会のようですから、名人芸という資源はわが国だけのものです。この資源を磨いていけば、独自の競争力に転換することができます。「業務マニュアルの充実によるアプローチ」が、生産性向上に直結する。欧米企業ではやりたくてもできないことですが、わが国ならばほぼ自然体で取り組める活動になるでしょう。