プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第123回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代のプロジェクト(その7)

前回は、世界的に広く知られたアメーバ経営の稲盛和夫氏の経営哲学とその具体的な行動を振返りました。消費者から見える企業の行動を、本稿ではプロジェクトのゴールと位置づけて説明してきました。稲盛氏の創業された京セラの製品やサービスは、一般消費者向けのものではありません。ですから、消費者の企業の認知度や好感度が上がったのは別の理由によるものでした。工場を全国の地方都市に配置する、とりわけ創業者の出身地には手厚い配慮がありました。また、稲盛氏は経営危機にあった大企業の経営再生チームのリーダーを務めることになりました。このようなことが消費者からは企業の高い信頼性を示すものとして受けとめられました。
今回は、前回の続きです。地方都市の工業団地に進出した中小企業A社経営者の取り組みと、地域社会と企業を結びつけるものは何かを考えます。

【1】工業団地開業以来、着実な経営をしているのはA社だけ
筆者はA社工場訪問時に最寄り駅から工場までタクシーを使います。タクシー会社のオーナーが運転するときの車内での会話を、前回紹介しました。「団地開業以来、最近は廃業したり外資に買収され社名が変わった企業もある。その中で経営者も企業名も変わらずに着実な経営をしているのはA社だけだ」、タクシー会社のオーナーは、地元企業の経営者の集まりにも参加されているようで地域の過疎化や高齢化に高い関心があります。工業団地の企業が着実に業績を維持することが何よりも重要なことです。そのような企業があれば、地域住民が大都市へ移動するのでなく地元に定住できることになります。さらには職住近接が難しい大都市から地方都市への人口移動も期待できることになります。工業団地にある企業の役割には従来には無かったレベルの大きな期待が、地元にあります。

【2】操業開始35年記念イベントに参加して
工業団地開業のトップ入居企業として35年の節目に、盛大な記念イベントが開催されました。筆者も招待者のひとりとして参加しましたが、会場は地元の駅前にあるホテルの大宴会場でした。参加者としてはまず工場の全従業員の方々、そして地元の参加者には声楽家もあり素敵な歌曲を披露されました。中には顧客業界のオピニオンリーダーなども含め、それぞれの祝辞はA社の創業以来の歴史が感じられました。とくに引退された元従業員の中にはご夫婦での参加もあり、筆者はその方の在職時の思い出話を聞くことができました。設計技術の要となる立場の方でした。現役時代にご苦労された状況についての回想からは職場で素晴らしい時間を過ごされたことを感じました。会社勤務はただたんに給料を得るだけではなく、この方のように自分の仕事に誇りと感慨をもって語れるようになることがゴールのひとつと感じました。このような方を生み出したことも、やはり企業として誇るべきことのひとつとして間違いなくカウントすることができるでしょう。

【3】工場の従業員は地域社会の重要な構成員
唐突ですが、わが国は世界一素晴らしい国であると筆者は確信しています。例えば、健康保険。国民皆保険制度があり、しかもその充実度が他国に比して段違いにすごい。この点について米国などは完全に落第です。それにも関わらず、日本国民の一般的な受け取り方は必ずしも世界一などという理解は無い。空気のように当たり前の存在なのですね。誰でも有り難さよりも不満足なところだけが気になる。企業の従業員の感覚にも似たところがあります。

通勤ラッシュなどは無く、クルマで30分程度の通勤圏に職場がある。工場は操業開始以来35年間も着実に成長してきた。経営者は経営理念として、社是・使命・ビジョンなどを明確に掲げており、それらを日常の業務にいかに反映させるかが経営の重要な課題になっている。従業員としては、自らの状況を経営者が考えるほどには深く考えないものです。これは役割分担からは当然のことかもしれません。しかし、従業員も地域社会の重要な構成員であり、同時に自らが勤務する企業のゴールを形成する役割を担っています。この役割についての理解の程度が企業文化につながっているように筆者は感じます。

【4】企業文化は地域社会との紐帯になる
このA社には社歌と工場歌があります。作曲は高名なプロによるものですが、作詞は創業者です。従業員の皆さんが通勤時の車内で聞くかどうかは別として、創業者の芸術的なセンスが発揮されていることは確かです。社内の重要イベントの開始にあたっていつも演奏されます。筆者はこれを聴くたびに作詞者が思い描いた風景が眼に浮かびます。無機的な製品に柔軟性を与えるような感じです。また、創業者は自らのこれまでの経験を著述することに取り組み中です。公式な社史ではなく私的な歴史ですから、わが国で言えば日本書紀ではなく古事記に相当するものになるのでしょう。これが完成すれば無機的な製品を製造している企業について、暖かみのある和やかさを印象付けることになるでしょう。このような企業文化は、地域社会と企業を結びつけるもの、紐帯のひとつになるのではないだろうか、筆者が感じることです。