プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第121回

プロジェクトのゴールはどのように見えるのか DX時代のプロジェクト(その5)

前回はプロジェクトのゴールはどのように見えるのかを、わが国の自動車メーカー三社における電気自動車の商品展開をもとに説明しました。この場合のプロジェクトのゴールとは企業の目指すところに相当しました。自動車メーカーの場合、顧客は消費者ですからいわゆるB to Cの関係です。メーカーとして消費者からどのように見えるかは、きわめて重要なことになります。各メーカーとも、このことについては長い時間をかけて会社が顧客からどのように見えているかについては苦心してきた結果と筆者の印象を述べました。
顧客が消費者ではないB to Bの関係であっても、顧客からどのように見えるかの重要性は変わりません。今回は、前回からの続きです。プロジェクトのゴールはどのように見えるのかB to Cの話題から説明することにします。

【1】わが国のビジネス文化 故障しない・させない
筆者の利用する最寄りの私鉄駅には、2階のプラットホームに通じるエレベーターとエスカレーターがあります。印象としてかなりの頻度で点検と整備をしているように見えます。故障したのではなく、定期点検なのです(いつもそのように表示カンバンが出ています)。筆者の住む住居のエレベーターも同様です。決まった間隔で定期点検と整備があります。

わが国の場合、エレベーター、エスカレーター、電車、バスなどは故障しない・させないことが最重要課題となっています。これは公共の設備だけに限ったことではありません。個人用のものでも同様です。例えばマイカーです。日本車は故障しないことで世界的に定評があります。

米国で長期間(12~15年以上)愛用されるマイカーのランキングを見ると日本車が独占しています。また、中東の紛争地域のテレビニュースで民生用の1トントラックの荷台に機銃などを搭載した軍用車両を見かけます。これについてトヨタ以外のメーカーはまず見たことがありません。トヨタ車がいかに故障しないか、そして故障しても部品交換がきわめて容易であるかを証明しています。

家電用品でも日本製は同様です。10年まえのことですがパリ駐在の日本人の話を読んだことがあります。現地スーパーで売っている白熱電球は10個ほどまとめたパッケージになっていた。つまり、よく切れるのだそうです。わが国では普通は1個売りです。わが家でも白熱電球の予備(買い置き)はありません。めったに取り替える必要が無いからです。

【2】顧客に見えるのは まず製品やサービスそのもの
わが国の故障しない(させない)文化に対して欧米は全く異なります。モノは壊れるのが当たり前という考えがあります。壊れてから修理するのが最も合理的であり、トラブルを予測して起こるかもしれないことを予測するのは面倒で効率が悪いということなのでしょう。 日立製作所が英国で鉄道事業を開始したときも現地はこういう文化だったそうです。

・故障は起きた時に直せばよい
・起きることを事前に防ぐ努力はコストがかかり過ぎて効率が悪い

日立はこのような現地の文化を乗り越え、いまやイタリアの鉄道企業を買収するなど欧州での鉄道事業を拡大させています。故障についての文化の相違を解消し日本の文化を現地に展開しています。そのゴールは現地のユーザーにとって歓迎すべき良いことに違いありません。必ず理解してもらえることでしょう。

【3】ユーザーの厳しい視線が育てる わが国の故障しない文化
故障しても当たり前、故障で公共交通が遅れても当たり前という文化はわが国では通用しません。わが国では交通機関の運航状況が、天気予報と同じ扱いで放送されています。故障は起きたときに直せばよいなどという考えは決して許されないのが日本の社会です。

余談です。英国に駐在していた知人から聞いたことです。スペインに出張し、バルセロナからロンドンに戻るときの航空便の出発が1時間以上遅れた。原因はパイロット(機長)の遅刻。離陸して機長の放送は「空港までの道路が渋滞していた」だったそうです。知人は「お詫びの言葉は全く無かった」とあきれていました。

わが国ならほぼ逆の例があります。筆者の体験です。朝のラッシュ時、私鉄電車に乗車しました。途中駅でしばらく停車が続きました。動き出してからの車掌の説明は「気分の悪くなったお客さまを救護したため」であり、続けて「この電車は5分ほど遅れました。まことに申し訳ありません」とお詫びの言葉がありました。車掌は良いことをしたのだから詫びる必要無し、もっと遅れても救護のほうを優先すべきだろうと筆者は感じました。


新方式の掃除機で有名な英国ダイソン社は、新製品ができるとまず日本でモニター調査をすると聞きました。そして技術者が使用者を訪問し使い勝手を調査する。同社はこのプロセスを大切にしているそうです。日本のユーザーはとくに厳しい視線をもっているからでしょう。筆者は、欧米にもこのような「日本的な」発想をする経営者がいることを知って驚きました。

筆者が自動車メーカー勤務時にも同様なことを体験しました。クルマのブレーキ時に必要なディスクローターは鋳鉄製です。クルマをちょっと動かさずにおくと、鋳鉄の特性からローター面にすぐサビが発生します。クルマがある程度走行して何回かブレーキをかけるとブレーキパッドがそのサビを除去します。サビ発生はクルマの機能上は全く問題無いのですが、ユーザーからはよく見えることもあり印象が悪いのです。おまけに生産工場出荷からユーザーに届くまでクルマはあまり走行しません。とくに北米向け輸出は太平洋を運搬船で渡ります。この場合はユーザーに届くまで少なくとも1ヶ月かかります。ローター面に発生するサビは避けられません。これも「機能上は全く問題無い」としてややこしい対策は一切やらないこともひとつの選択肢ではあります。しかし、設計者はサビ対策をあれこれ智恵を絞っていました。

【4】ほんのちょっとしたことがゴールそのものに見える
ユーザーや顧客にとって企業の目指すところは、その企業ほどの高い関心はありません。高い関心はありませんが、ほんのちょっとしたことが目立つことはあります。さまざまな面で優れた手配りをしている企業ほど、ちょっとした落ち度が想定以上に拡大して伝わることもあります。もちろん、逆の場合もあります。我われ日本人は細部への目配りや手配りは得意なほうだと思います。むしろ、我われのゴールはどこか、我われの企業は何を(あるいはどこを)目指しているか、これを問いかけることを忘れないようにすべきではないだろうか、筆者の感想です。