モノづくりの現場探求 第二十回

段取り替えの落とし穴から始まった少子化対策

少子高齢化の影響が急に顕在化しているように思えます。退職する予定の人の技能を次の人に継承できていない職場を多く見かけるのです。

自動車向け精密鍛造のA社で、ある設備の段取り替え作業が、1年後に退職されるベテラン従業員Bさん以外は誰もできないということが突然判明しました。Bさんはこれまでほとんど休暇を取らなかったのですが、風邪で一週間ほどお休みを取ったことで段取り替えができず、仕事が回らなくなったのです。急遽、別の従業員にやってもらうことを試みたのですが、出来ませんでした。A社は以前から多能工チャートを使って計画的な技能員育成をしてきていたのですが、問題が起きてしまいました。大きな理由として2つのことがあげられます。

1つは、A社の多能工チャートはモノを作る作業が対象になったチャートであり、それ以外の段取り替えやメンテナンスのような準直接的な仕事は対象になっていませんでした。過去には他にも段取り替えをできる人がいたのですが、退職したので代わりの人を育成する予定はありました。しかしその段取り替えは複雑で教えるのが大変で、忙しさにかまけて後回しにしているうちに、いつの間にかBさん1人がいつも段取り替えをするようになってしまったということでした。しかしチャートには段取り替えが載っていなかったので、Bさんしかできない状況に誰も気づきませんでした。

もう1つの理由は、その設備の段取り替えは、いつもやっている直接の生産の仕事と違い、頻度が低くなかなか見られない上に、一回の段取り替えにかかる時間が1時間と長いので、一連の作業をすべて見て知っている人がいなかったのです。その結果、作業を担当している人以外でノウハウを持っている人がおらず、文章化されない状態であったので、継承するのが難しい状況になったのです。

A社はこのことをきっかけに段取り替えなどの準直接作業も多能工化の対象として再調査を行い、多能工化訓練を始めました。この例にあげた段取り替えについては、まずは若手のCさんを指名して、どんなに忙しくても、毎回の段取り替えをBさんとCさんの2人で一緒にすることにしました。A社も人手不足状態であり、この教育訓練は大変であったのですが、後回しにできないと腹をくくって人材育成を達成しました。

A社で起きたことは決して珍しいことではありません。カイゼンというと直接の作業を対象にしがちですが、工場内での仕事はすべてつながっており、1つが欠けると完成しません。突然に人がいなくなっている印象がありますが、気付かなかっただけでジワジワと少子高齢化が進んでいたのは事実です。そうであるとするといずれ顕在化する問題があるという前提で、仕事の状況の見直しをすることが大切です。

A社は苦労したと申し上げましたが、実は嬉しいことにBさんとCさんの2人で段取り替えをすることでこれまでのやり方を見直すカイゼンが進み、1時間かかっていた時間が40分に短縮!という効果も生まれました。段取り替えのカイゼンには定石があります。A社でもこれに従ってカイゼンを行いましたので、簡単にご紹介します。

1.最初に段取り替え作業をすべて見る:作業を観察する機会が少なく、カイゼンが進んでいないことが多いのです。
2.内段取りを外段取りへ:設備を止めて行う段取りを「内段取り」、止めないで行う段取りを「外段取り」といいます。観察をすると、設備を止めないで前もってやっておける外段取り可能な作業が見つかります。例えば交換前に金型を少し温めておき、昇温時間を節約するプレヒートなどです。
3.内段取りのカイゼン:これには次の3つの定石があります。
①手を使っても足は動かすな:段取り台車を作り、必要な道具や型やボルトなどをすべて台車に載せて近くに置いて作業する。
②ボルトを見たら親の敵と思え:ボルト以外のもっと速くて簡単な方法で金型を固定する。
③合わせるな、当てろ:繰り返し作業は、位置合わせでなく突き当て治具を活用する。
4.外段取りのカイゼン
5.公開段取りの実行:最後に段取りのカイゼンを工場内で公開して多くの人にみてもらい、更なるカイゼンアイデアを募集する。

この1~5を次の人に伝えることで段取り替えの継承ができます。Cさんはこのような手順で学んだことにより自分ができるようになっただけではなく、次の人の養成もできるようになり、現在はDさんに段取り替えを教えています。CさんはDさんに教えることで、きちんと段取り替えができているか再確認することができ、更なる効率の良い段取り替えの模索も始まりました。これはまさにカイゼンと言えるでしょう。A社はこれから起きる少子化対策の第一歩を踏み出しました。