プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第43回

経営のプロトコル

前回、鶴のひと声について述べました。ボート経営の場合は基本的にリーダーの論理が最優先しますから、必要な場合はいつでもひと声を使うことができます。おみこし経営の場合は対応が異なり、ひと声のために欠かせないプロセスがあることを述べました。そもそも、前提としてひと声の必要性をタイムリーに認識できるかという問題もあります。ひと声が無くてもよいための日常的なプロセスはどのようなものか。今回、そのようなプロセスについて考えることにします。

まず、非常事態または日常的な状況で、どのような行動または取り組みがなされたかその実例を紹介します。いずれも、筆者が勤務していた日産の後輩から聞いたことです。

【1】BCPの実践~3.11東北大震災(2011年)
BCP(事業継続計画)とは、企業が危機的状況に陥ったときにも重要な業務が遂行できるように備えておくこととしてよく知られています。3.11大震災のとき、日産は横浜本社に本部をおき、甚大な被害を受けたいわき工場(福島県)の状況把握を中心に計画に沿った対応が実行されました。経営トップであるゴーンCEOは、あいにくパリのルノー本社に出張中でした。帰国は10日後になりましたが、いわき工場復旧計画は進行していました。結局、2か月という短期間で復旧したそうです。非常事態に際して事前の計画が当たり前のようにきちんと機能した、という一例です。

【2】迅速な資金調達~リーマンショック(2008年)
リーマンショックの初期に、いち早く金融機関から契約済みの貸し出し枠上限いっぱいの融資をとりつけています。他社に先行して早期に動いたので、それまで通りの金利で契約できたということです(その後すぐに金利が上がった)。これについては担当部署のファインプレーということではなく、いつもの決まった手順どおりに実行されたと聞きました。名人にファインプレー無し、と言いますが、名人のかわりに決まった手順が機能したということでしょう。

【3】コミュニケーション~現場と経営トップの集会(2010~2015年)
これは生産部門の後輩から聞いたことです。ゴーンCEOと生産部門の全管理職(約500名)による集会が開催されていたそうです。1.時間半のうち、最初の10~15分ほどはCEOから日常の活動についてのお礼があり、その後は一問一答形式でやる。質問としては例えば次のようなものです。「軽自動車についてはすべて他社に生産委託しているが、わが社でも生産できる。なぜ内製化しないのか?」など。確かに、こういうことは経営トップに質問するしかありませんね。部長や執行役員に聞いてもわからない。CEOは何をどう考えているかを理解するための良い機会だったそうです。CEOの回答がすべての質問者を納得させることができたとは思えませんが、コミュニケーションのパイプは存在しているという実感は得られたのではないでしょうか。

以上、三つの事例を紹介しました。どれをとってもやればできるレベルのことばかりですが、これらを組織に定着させるためには継続する努力が必要になります。

これらが「組織としての正規の手順(プロセス)」となれば、さまざまな局面で迷ったり、論議で時間を浪費せずに適切な行動を迅速に進めることができる。そのようなプロセスを筆者は「経営のプロトコル」と呼ぶことにしました。

プロトコルとは「コンピューター同士が通信をする際の手順や規約などの約束事」を言いますが「複数の者が対象となる事項を確実に実行するための手順」という意味もあるそうです。ここでは後者の意味で使っています。

【4】経営のプロトコル
おみこし経営では、組織の総意に反することをいきなりリーダーの論理だけで優先することは難しいと、前回説明しました。ひとつのやり方は組織構成員の中に少数派ではあるが正論や秀逸な意見があるとき、それを採用するやり方でした。これもプロトコルとして活用できます。
今回、事例で説明したこと(BCP、資金調達、現場とトップのコミュニケーション)はすべてプロトコルとして活用できます。これらが組織に定着することにより、リーダーの論理が組織の多様性のひとつとして存在できるようになるからです。
ただ、おみこし経営の最大の価値は組織の多様性です。さまざまな見解が存在することに価値があります。プロトコルが強過ぎる存在になると、おみこし経営の価値を殺ぐことになります。両者の兼ね合いが難しいところです。従って、プロトコルは企業や経営者にとって相性の良いものを見つけ出すことが大事なポイントになります。