プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第39回

経営トップの揺るぎない信頼関係のために

前回は、カイゼン発展段階の最上位である経営トップの深い参画を前提とする全組織協働型カイゼンについて述べました。ここでも信頼が必須のカギになることを説明しました。とくに企業間連携における信頼について、ルノーと日産の「アライアンス」という合併でも買収でもない全く新しいスタイルの事例を紹介しました。
今回は、経営トップの揺るぎない信頼関係のために何が欠かせないかを、事例を参考にしながら考えてみることにします。関係として、従業員に対しての関係そして経営トップ層間の関係、本稿ではこの二つの関係に絞って扱うことにします。

【1】本社ビル売却くらいで騒ぐな
1999年に日産とルノーは、アライアンス基本合意書を結び両社は提携することになりました。それまで日産は長期にわたる業績不振で資金不足に苦しんでいました。それを解消するため、銀座の本社ビルを売却することにしました。当時、本社勤務だった筆者は全国紙の第一面トップ記事で初めてこの事実を知ることになりました。少し前の1997年には山一證券の自主廃業もありました。これは大きな社会問題になりましたから、日産社内には先行きどうなるのだろうと暗い雰囲気がありました。「本社ビルを売ったくらいで騒ぐな」は当時の塙社長の言葉でした。「ビルなど、またいつでも買える」との発言も伝わりました。ルノーとの交渉など始まってもいない時期でしたから、社長として確たる成算は無かったことでしょう。いま思うことは、経営トップとして的確な発信だったということです。売却から10年後、みなとみらい地区(横浜市)に日産グローバル本社ビルが建ちました。売却した本社ビルよりすっきりした外観になり規模も大きくなりました。
大きな危機にあった経営トップの行動の一端を紹介しました。危機を乗り越え異なる組織の提携を円滑に進めるときにも、経営トップの経営哲学と行動が重要なカギになることは間違いありません。

【2】ルノーの変節がアライアンスを風化させた
2018年日産の会長だったゴーン氏逮捕の翌年、ゴーン氏の右腕だった志賀俊之氏(日産の元取締役)のインタビュー記事が掲載されました(2019.7.16ダイヤモンドオンライン)。
志賀氏について、まず述べておきたいことがあります。筆者はゴーン氏着任の前年に日産を早期退職しました。従って、志賀氏についての情報は何もありませんでした。親しくしていた日産の後輩二人からは(二人とも、ロシア講演出張で講師として同行)、志賀氏は日産従業員から絶大な信頼を得ていた人物だったと聞いています。筆者の要約は次のとおりです。

1.日産とルノー提携時のアライアンスの精神が風化している。両社を不可逆的な関係に戻す、経営統合すべきなどの主張は、20年間で確立したアライアンスの何をどう変える必要があるのか全く理解できない。
2.ルノーが両社は対等であることを強調したのは、シュバイツアー会長の考え方が大きかった。記者会見で、彼はルノーが日産に資本注入するのは日産を再建するためであり支配するためではないと言っていた。
3.フランス政府の介入が強くなり、ゴーン氏はフランス政府とルノー・日産の間で板ばさみ状態にあった。20年間うまくいっていたアライアンスを変えることは大きな無理があると思う。

筆者としては、提携当時の塙社長やシュバイツアー会長も退任しゴーン氏ひとりでフランス政府の攻勢を防ぎきれなかった状況を想像しました。次に現在のルノー会長であるスナール氏の最近のコメントを紹介しておきます。

【3】ルノー会長の最近のコメントから思うこと
ルノーのスナール会長は、先週(1/15)NHKのインタビューに応じて次のようにコメントしています。 ルノー、日産、三菱には電気自動車の技術がDNAとして根づいており、電動化の流れに逆らうことはありえない。三社の連携を一段と強める。記事のタイトルには「電気自動車への移行を急ぐ考え」と書いてありました。
日産と三菱はともかく、ルノーに電気自動車の技術がDNAとして根づいているとは全く知りませんでした。筆者は、独・仏の自動車メーカーは、少し先の技術開発には手を抜いて経営効率を高める傾向が顕著だと感じています。ベンツ、BMWともにハイブリッドや電気自動車では出遅れ感が否めません。
出遅れた技術開発を資本の論理で(経営統合して)やらせても、うまくいきません。前項の記事で次のようなことが書いてありました。

・・従業員のモチベーションは会社やブランドへの帰属意識で決まるものだ。自動車の場合はとくに会社やブランドに帰属していることが重要、ルノーと日産はそれぞれ独立組織として経営したほうが良い・・。シュバイツアー会長やゴーンさんが盛んに発言されていたそうです。
・・支配する側と支配される側で序列がつくと、支配される側(日産)の従業員のモチベーションは上がらず、提携効果も期待できない・・。これは志賀さんのコメントです。

フランスに限らず日本であれどこであれ、企業の経営に政府が介入してうまくいくことはきわめてまれです。政府の役割は困っているときに支援することに尽きるのではないでしょうか。

【4】守るべきものは何か
ルノーと日産、二つの会社の経営トップの揺るぎない信頼関係について述べてきました。企業間ではなく、創業者ファミリーの経営層でも揺るぎない信頼関係は欠かせません。親子あるいは兄弟姉妹間の信頼関係になります。前回紹介した「アライアンス基本合意書」をもとに、守るべきものは何かを考えてみます。

1.相手を理解し互いに尊重する精神こそアライアンスの基盤である
関係が身近な分、かえって相手を理解していないということがあります。経験が足りないことは、従来にとらわれず新しい観点が出せる長所に転換できます。懸案の経営課題についての対応を具体的に検討してみる、試験的にやってみて市場や顧客の反応をみるといったことなどから相互に尊重する文化が育まれるのではないでしょうか。

2.ブランドとアイデンティティを守る
時代は変化します。あくまでこれを守るといったものは何だろうかを考えてみる。例えば、雇用、技術、顧客資産・・。また、このビジネスは当社がやるのでなければ意味がない、それは何故か・・。皆で考えて、分社化した方が良いという結論もありえるでしょう。

3.互いに補完し、互いにシナジーを出し合うことで、継続的に学び合い成長していける
仏陀は人生における信仰の優先順位を三番目においたそうです。トップは知識、つまり学ぶこと。二番目は良い行いだそうです。「継続的に学び合い」はまさに仏陀のお薦めと一致します。二番目の良い行いについては幅広く解釈できますが、支配する側に立って「オレの言うとおりにやれ」が良い行いにならないことは確かでしょう。