前回は、わが国の特長として天才でないふつうの人たちがどんどん成果を出せること、そしてその訳として三つあることを述べました。教育システム、みんなで力を合わせるすり合わせ技術、そして経営者がおみこし経営を指向する、この三つでした。今回は、これからの時代に経営トップの深い参画を前提とするおみこし経営について考えていくことにします。
【1】カイゼンの進化 4つの段階
カイゼンは基本的におみこし経営でないとうまくいきません。ボート経営との対比でおみこし経営はボトムアップ、ボート経営はトップダウンと説明されることもありますが、それだけでは説明しきれません。また、カイゼンが進化して経営トップの深い参画が前提になるとボトムアップやトップダウンという観点はそれほど有効では無いと思われます。
ここで、日本カイゼンプロジェクトの柿内幸夫会長の近著から、進化の4つの段階を転記しておきます。
カイゼンの発展段階
1.0 個人や職場ごとのカイゼン
2.0 複数の職場で協働し能率向上を目的としたカイゼン
3.0 部門横断的な「知のすり合わせ」によって進化したカイゼン
4.0 経営トップの深い参画を前提とする全組織協働型カイゼン
出典 「カイゼン4.0」(柿内幸夫 2020年 ワニ・プラス)
一例ですが、生産工場全体で設備保全を目的とした組織的なカイゼン活動がありました。外部から専門的なコンサルタントを依頼し、社内でも管理職やスタッフをもつ専任メンバーによる事務局を立ち上げました。筆者が勤務していた日産での事例です。当時の筆者はこの活動について、経営トップ(工場トップ)の参画としてはかなりのものだと高く評価していました。今、この発展段階に照らしてみると、2.0~3.0の中間かなと思っています。基本は工場だけの閉じた領域での活動でしたから、そういう面を考慮すれば当時としては経営トップがある程度は深く参画した事例なのかもしれません。
現在では、プロダクトアウトやマーケントインのカイゼンを超えて「ユーザーイン」のカイゼンが必要な時代になったと説明されています(出典の同書)。そのときに経営トップの深い参画に必須な事は何かを考えてみます。
【2】経営の深い参画に必須の信頼とは
連載第35回で、戦時に必須のボート経営について述べました。日産のゴーン改革では、フランスの経営者が日本の組織カルチャーを尊重したことが成功の大きな要因になりました。
経営と従業員間において信頼関係がうまくできました。また、クロネコヤマトとして日本で初めてとなる宅配便導入の経営決断では、経営陣内部での信頼関係がカギになったことを書きました。つまり、何か大きな方向転換にあたっては、少なくとも二つの信頼関係が必要になります。経営と従業員間の信頼関係、経営陣内部での信頼関係、この二つです(株主など関係者との関係も重要ですが、本稿では省略します)。二つのうち、経営陣内部での信頼関係はシンプルにはかたづかない性格をもっています。これもゴーン改革が継続できなかったことを事例として次に述べることにします。
【3】全く新しいスタイルだったルノーと日産の「アライアンス」
自動車業界は経営統合が活発といってよいでしょう。とくに欧州では、EUによる市場開放のために業界は吸収合併が進み、ドイツ(ベンツ、BMW)とフランス(プジョーシトロエン)の3社に集約されました。大手企業が中小企業をとりこむかたちです。
ところが、ルノーと日産の場合は異なりました。1999年に両社は「ルノー・日産アライアンス・マスター・アグリーメント(アライアンス基本合意書)」を結んで提携しました。これはアライアンスの憲法と言えるもので、塙義一日産社長(当時)とルイ・シュバイツァールノー会長兼CEO(当時)がサインしています。要は、支配する・支配されるの「資本の論理」ではなくて「信頼関係」がアライアンスのベースになっていました。そこにあった三つの原則を紹介します。
1.相手を理解し互いに尊重する精神こそアライアンスの基盤である
2.それぞれのブランドとアイデンティティを守る
3.互いに補完し、互いにシナジーを出し合うことで、継続的に学び合い成長していける
これは企業間の信頼関係についての原則です。しかし、企業の経営内部での信頼関係にもあてはまると考えます。筆者が日本カイゼンプロジェクトでお目にかかる経営トップは、創業から二代目、三代目という創業家の方々がほとんどです。継承も創業ファミリーでなされることは、さまざまに有益な面があります。しかし、時代は変化しています。代替わりにあたって異見はあっても信頼関係は揺るぎないことが欠かせません。ご紹介したルノーと日産の関係は現状では当初の合意からはかけ離れたものになっています。次回はその教訓などをお伝えすることにします。