プロジェクトでカイゼン [Project de Kaizen] 第46回

経営のプロトコルその実践(2)

前回は、本連載の番外編として「回り道でカイゼン」をお届けしました。働き手が急速に減少するわが国では、企業間の連携や合併などにも取り組んでいくことになります。前回お届けした「おつき合いしたい企業を見つける」では、そのための共同プロジェクトや技術交流などの事例を紹介しました。これらは、相手先企業の個性や社風を理解する良い機会になると同時に、自企業の強みや課題などを確認する機会にもなるとお伝えしました。
今回は、前々回の続きとして経営のプロトコルの実践について述べます。この観点をもつことにより、業務提携に際しての可否判断の助けになります。また、共同プロジェクトの実施においては相手先企業の理解を深めることができます。

プロトコルとは、正規の手順、約束事、決め事といった意味で使っています。あえて、英語をカタカナにしたものを使っているのは重要な意味を強調するためです。また、いつもは気づかないのでそれを目立たせるためでもあります。どのようなものが経営のプロトコルに位置づけられるか、見ていくことにします。

【1】 ISOや5Sは経営のプロトコル
ISOについて筆者は「そこに記述されたとおりにやっています」という宣言の決め事であると理解しています。従って、カイゼンのために作業内容を変更することはISOからの逸脱になることがありえます。そのようなときには記述されたことをきちんと書き換える必要があります(カイゼン活動が活発なわが国では、書き換えのタイミングについて現実的な措置が必要となります)。また、依頼主企業からの請負仕事の場合、4M(Man、Machine、Material、Method)に関する変更はすべて届け出て承認を得る必要があります。理由は何であれ勝手に変更することは許されません。これも重要なプロトコルと言えます。

わが国の5S活動は、まさに経営のプロトコルとして位置づけられています。3S(整理・整とん・清掃)という具体的な行動を奨励し、4S(清潔)で目標とすべき職場環境を明示する。さらに、これらを通じ5S(躾)というガバナンスを確立する。わが国では主として製造業やサービス業などで経営のプロトコルとして普及しているやり方です。

ここで、ISOと5Sとの本質的な差異について筆者の見解を述べておきます。
ISOは記述されたものが基準となる、いわば契約社会における約束事のひとつです。標準を制定することは基本的には良いことでしょう。しかし、欧米によくある動機は特定の組織や団体の利益を守るために世界的な標準をつくることであったりします。そして、その新たな標準でわが国に不都合が生じる。これは我々が幾度か経験してきたパターンです。いわゆる国際標準については、建て前を鵜呑みにすることなく本質をきちんと見きわめることが欠かせません。
これに対して5Sは、世界の誰にでも開かれた透明性のあるシステムです。それは、行動、目標そしてガバナンスが無理なく自然に一体化されています。組織の機能をどう発揮させるかについて考え抜かれたシステムとなっています。現場の自主性や多様性を前提とするわが国のおみこし経営との相性も優れています。5Sシステムはその機能性はもちろんのこと、日本文化に基づく第一級の芸術作品といった雰囲気を感じます。


ISOは契約社会の産物と考えられます。だからといって、契約を守ることが保証されるわけではありません。むしろ、その保証が無さ過ぎるゆえに生まれたものかもしれません。次はその極端な事例です。

【2】順法姿勢が経営のプロトコルになっているか
「三方良し」の経営はわが国では伝統的な優れた経営方針として知られています。これには法律を超える内容も含まれています。一例は、いわゆる終身雇用制度です。これは入社時に終身雇用契約を取り交わすことはありません。企業経営で明文化されず、かつ法律で守られていなくてもりっぱに機能している好例です。この制度を廃止する場合の影響の大きさを想像すると、この制度が経営にとって重要な約束事(プロトコル)であることがわかります。

わが国は海外とのビジネスに弱い、とくに契約に関して弱いと言われます。それは、わが国が契約以前の信頼を基本とする社会であることが一因となっているからと思われます。契約を結んでも相手企業が誠実に守らない場合、毅然とした態度で解消することも必要になります。スズキ自動車がドイツVW社との契約を解消した事例を紹介します。
2015年8月、記者会見でスズキの鈴木修会長(当時)はVW社との業務提携解消をめぐる4年間にも及ぶ国際仲裁裁判所の裁定について「満足している」とコメントされた。提携の目的は環境技術の協力にあったそうですが、全く協力する気が無いことで解消を決断することになったということです。
スズキの業務提携解消の決断が正しかったことは、この後すぐに証明されました。米国政府環境保護局がVW車ディーゼルエンジンの違法性を指摘したのは同年翌月のことでした。これ以降、ディーゼル車の排ガス不正事件が大々的に報道されるようになりました。これほど大胆に法令違反を犯す事件はこれまでの自動車140年の歴史に無いことでした。このような違法姿勢がこの6年前の提携締結以前に明るみに出ていたら、VW社が提携の相手先企業として選択されることは無かったでしょう。


【3】投資の成果が出るまでどのくらい待てるか
順法姿勢などとは異なり、そもそも決め事として明文化することが難しいプロトコルもあります。
投資案件が商品化されて利益に結びつくまでには、相当の時間がかかります。待ちきれずに撤退することも珍しくありません。有名な東レの炭素繊維は苦節30年と表現されます。材料系の案件は商品化するまでに長期間を要します。もちろん市場に出しても成功するとは限りません。商品化審査と市場投入の可否判断には独自の難しさがあることでしょう。

商品化したあとの意思決定は、業界や商品特性によって異なります。筆者がマーケティング講座を受講したとき、製薬メーカーA社の事例を聞きました。社内の商品化審査をパスしたものはすかさず市場に出す。一定期間(例えば3年間など)の販売実績をもとに、社内基準により継続か撤退かを決める。もっとしつこく市場で訴求すればヒット商品になるかも知れないが、継続か撤退かを一定期間の実績で判断する。撤退した商品を同業者が買い取ってその企業では成功したということもあるそうです。しかし、それは仕方のないことだと割り切る。これは経験に基づく企業の智恵と言うものではないだろうかと、マーケティングの専門家は語っていました。

ISOや5Sなどの活動、企業の信頼度としての順法姿勢、投資判断などは重要なプロトコルであることを説明しました。次回は、同様な観点から企業の文化や雰囲気について述べることにします。