
前回は、工程の流れを整えるカイゼンについてお話ししました。カイゼンにおいて、工程の流れを安定させることは重要な課題といえます。今回はその流れと深く関連するものの、意外と見逃されやすいカイゼンについてお話しします。それが「多能工化」です。
多能工化というと最近では、「作業者が自主的にスキルを広げること」と理解されがちで、カイゼンのテーマとしては積極的に扱われないことが少なくありません。日本の製造業の一部には、「教育は自分のためなのだから自分で工夫して実行すべき」という風潮が少なからずあり、多能工化も自主性に任せられがちです。しかし、本来これは企業が戦略的に推進すべきテーマであり、現場全体の競争力を底上げするための本質的なカイゼンなのです。
なぜ多能工化が重要なのか。それは、作業をできる人が1人しかいない状態が大きな経営上のリスクだからです。その人が休めば生産は止まり、その人が辞めてしまえば生産自体が不可能となり、急な需要増などにも対応できなくなります。結果として、納期の遅れにつながります。あるいは、その人がその仕事しかできなければ、仕事がないときには手待ちが発生します。作業者の仕事の幅が狭いとせっかくカイゼンした工程の流れを止める要因にもなります。人手不足の時代において、これは大きな損失です。
多能工化を進めることで、複数の人が同じ作業を担当できるようになり、欠員や変動に柔軟に対応できる体制が生まれます。その結果、手待ちの削減、作業のムラの解消、現場全体の稼働率向上につながります。また、作業者は複数の工程に関わることになりますが、これは単にスキルの幅を広げるだけでなく、各工程のつながりや全体の流れに対する理解が深まり、「なぜこの順番で作業をするのか」「どこにムダやボトルネックがあるのか」といった全体最適の視点が自然と育まれます。結果として、個人のカイゼン提案の質が上がり、現場全体のレベル向上にもつながります。つまり、多能工化は単なる「個人の努力に任せたスキルアップや便利な人づくり」ではなく、全体最適の視点で労働生産性を高めるカイゼンなのです。
進め方の第一歩は、現場の実情に即して「必要度の高い作業」から着手することです。例えば、欠員が出ると止まってしまう工程や、需要変動の大きい工程を優先します。そこから一人ずつ習熟度を広げ、徐々に対象作業を増やしていくのが効果的です。
さらに、習熟の進み具合を「見える化」する工夫も効果的です。誰がどの作業までできるのかを一覧化し、現場全体で共有することで、柔軟な人員配置が可能になります。多能工化チャートなどを活用し、情報を共有化しながら進めることで、現場に活気が生まれます。一覧は定期的に更新し、個々の育成計画と紐付けると効果が持続します。
また、多能工化は同じ工程内にとどまらず、他工程の仕事を担えるようになることで、より大きな効果を発揮します。さらに、技術などの他部署の仕事に挑戦したり、デジタルを学んだりすることも、これからの多能工化に欠かせない要素です。これらは企業として積極的に推進すべきテーマです。
多能工化は「人手が足りないから無理だ」と諦められたり、「余裕ができたらやろう」と後回しにされがちです。しかし、早めに着手することが将来の強い現場づくりにつながります。短期的には工数がかかるように見えても、中長期的には「変化に強い現場」をつくり出すのです。それが多能工化です。これは単に人を効率的に動かす仕組みではなく、人を育て、現場を強くし、そして流れを止めない現場運営を可能にする取り組みなのです。