
11月になりました。
先月、日本人2人が医学賞と化学賞のノーベル賞を受賞したというニュースがありました。2人も世界に認められるというのは、本当にすごいと思いました。
今回は、ここから始まる私の妄想にお付き合いいただけたらと思います。
もしモノづくりに関するノーベル賞があったとしたら、私はきっとトヨタ生産方式を築いた大野耐一さんや、品質管理の礎をつくった石川馨さんが受賞候補になったと思います。では、私たちが日々取り組んでいる「カイゼン」の仕事で、もしノーベル賞を狙うとしたら、どんな努力が必要になるでしょうか。
とても抽象的な質問なので明確な答えは存在しないかもしれませんが、私の思う回答は「どんなカイゼンでも苦痛に思わず普通に挑戦する事ができるようになる」努力と考えます。
私が「カイゼン」でノーベル賞を目指すなら、「平和賞」を狙いたいと考えました。なぜなら、カイゼンは「すべての人が協力し合ってモノづくりを通じて世の中を良くし、参加した人が成長して幸せになり、平和に貢献すること」ができる取り組みだと思うからです。ここで言う平和とは、戦争の有無ではなく、安心と安全が保たれ、余計なプレッシャーがなく、活動がごく自然に当たり前に続けられる状態を指します。
経済や職場の環境は日々変化するもので、「安心して働けることが当たり前」と感じられるような平和な状態をつくり出すのは、実はとても難しいことです。しかし、私が長年取り組んできたKZ法とチョコ案は、まさにその「当たり前の平和」を現場で生み出すことができる可能性を持つ方法だと考えています。
KZ法は、全員参加の上でボトムアップによるカイゼンを生み出すことを目的の一つにしています。やらされるカイゼンでなく、自ら職場の環境を良くし、快適に作業を進めるきっかけに十分なり得る事ができるからです。ボトムアップのカイゼンはゴールを共有した上で義務ではなく自らの考えを主張できるカイゼンでもあると考えます。
チョコ案は、小さなチャレンジ精神がいつか当たり前にチャレンジできるようになれば良いなという訓練的な要素や、やって良かったなという充実感を与えることも目的の一つです。安全で安心の上でチャレンジすると言うことは決して簡単なことではありませんが、努力の積み重ねは決して自分を裏切らないと思います。
世界を見渡すと、争いの多くは「理解の不足」や「強制への反発」によって起こります。職場も同じです。命令や恐怖では人は動かず、不満が生まれます。KZ法とチョコ案は、その対極にある仕組みです。相手の考えを引き出し、互いの違いを尊重し、共に解決策を考える。そのプロセス自体が「平和をつくる挑戦」になっています。
とはいえ、今のままではこの2つの方法には、まだカイゼンの余地があります。やはりノーベル賞は簡単なものではないのだと改めて実感します(笑)。実行に移す際に「覚悟」が要る場面があるのです。「KZ法の準備が大変だな…、設計は来てくれるかな?」「来月のチョコ案は何にしようかな…?」と構える気持ちが、ハードルになりがちです。私が目指す「平和」は、辛い・しんどい・面倒くさいといった感覚がなく、みんなが当たり前に、何のプレッシャーもなく続けられる安心と安全の状態。つまり、KZ法とチョコ案が「普通の仕事」として自然に組み込まれ、淡々と成果が積み上がる状態です。冒頭で「受賞に必要な努力は何か」と問いかけましたが、その答えはこの当たり前化だと考えます。
カイゼンとは競争ではなく協調、支配ではなく理解、命令ではなく対話。その中に、人類が次に進むための知恵があるのです。AIやデジタルが進化しても、人の心を平和にできるのは人の力です。KZ法とチョコ案は、その力を引き出す日本発の知恵として、世界に広がる可能性を持っています。それらが世界中の現場に定着し、誰もが当たり前にカイゼンを実行して素晴らしい成果を生み出す——そんな状態が実現できたなら、平和賞に手が届くのではないか。完全な妄想ですが…。あとひと頑張りしてみたいと思います!最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
日本カイゼンプロジェクト
会長 柿内幸夫