
日本の製造業におけるカイゼンは、独特の雇用慣行と結びついて発展してきました。特に、終身雇用を前提に、入社時点で職務を細かく特定せず、その時々のニーズに応じて仕事が割り振られ、配置転換も経験しながら、会社の仕事の流れに馴染んで役割を広げていく。その過程で、働く人は「自分たちの職場を良くして守る」という意識を自然に育み、日々の工夫が積み重なってカイゼンという文化になりました。私が社会人になったのは1974年ですが、当時はこうした考え方が普通でした。
一方、欧米では職務を明確にして人材を募るのが一般的で、業務分担は入社時からはっきりしています。現場主導のリーン生産を推進する工場もありますが、制度上、現場のカイゼンは専門部門に任せる傾向があります。
しかし、いまの若い世代は終身雇用を前提にしていません。転職やキャリア変更を前向きに捉える価値観が広がるなかで、「会社と運命共同体だからカイゼンする」という考えは薄れています。では、現代においてカイゼンをどう位置づけるべきでしょうか。私は、カイゼンを「会社のための活動」ではなく、「自分の仕事力を上げる活動」と捉えてもらうことが有効だと考えます。モノの置き方を工夫する、作業手順を見直すといった小さな取り組みは、効率を高めるだけでなく、やった分だけ前進した、快適になったと分かる手応えを生みます。その経験はキャリアにおいて財産となり、職場が変わっても活きる力になります。
経営にとっても、現場の知恵と行動が成果に結びつく仕組みを持つことは重要です。現場ならではの視点から生まれる生産効率の向上や不良の削減は納期遵守とコスト低減をもたらし、顧客満足へとつながります。現場の小さな工夫が、数字や信頼といった経営成果に直結するからです。実際、ある企業ではパート社員の発案による手順の見える化が全社に広がり、クレームが減少するとともに「現場を大切にしている会社だ」という評価が高まり、受注拡大にも結びつきました。
ただし、こうしたカイゼン文化を持続させるためには、経営者がカイゼンを現場任せにせず、「経営資源のひとつ」として戦略的に位置づける必要があります。具体的には、時間や予算をあらかじめ確保する、表彰制度を整える、幹部自ら現場で成果を確かめて褒める。こうした取り組みが、時代が変わってもカイゼンを経営に貢献する機能として定着し、世代を超えて受け継がれる基盤となります。
もっとも、これを実行するのは経営者にとって手間がかかるため、「いっそのことボトムアップをやめてトップダウンに変えた方がいい」と感じる人もいるでしょう。もちろん、トップダウンは実行スピードが速いのですが、従業員の自発性を伴わないため継続性に欠けます。一方、ボトムアップは確かに手間がかかるものの、従業員が考え、助け合いながら成果を出すため持続性があり、効果も大きいのです。さらに、ボトムアップには周囲との意思疎通や独断専行が起きない環境が必要ですが、それは日本の職場文化と相性がよく、日本でこそ実現できるマネジメントではないかと考えます。
だからこそ、私は「手間をかけてでもボトムアップを選ぶ」べきだと思うのです。現場の声を拾い、従業員一人ひとりの成長とやりがいを支えることは、単に効率化やコスト削減のためではなく、企業文化を育み、長期的な競争力を築く基盤になるからです。トップダウンの速さは一時的な効果にとどまりますが、ボトムアップの力は継続し、世代を超えて経営に持続的な成果をもたらします。
これからの時代、作業の効率化だけでは企業は生き残れません。人材の確保、技術の継承、持続可能性の確立など、多様な課題に直面しています。日々のカイゼンは「現場のため」であり、「働く人自身の成長のため」であり、同時に「経営理念の具現化のため」でもある——そのことを改めて確認したいのです。「カイゼンに終わりなし」という言葉は、合言葉にとどまらず、毎日の仕事の中で継続的に実行されるべきものです。終身雇用の前提が弱まった時代だからこそ、カイゼンは「昔からある会社の習慣」ではなく、「働く人が成長を実感できる力」として捉え直すことが必要だと思います。