新入社員のとき、仕事のやり方をどう学びましたか。
ほとんどの方が上司や先輩から教わったと思います。当時を振りかえってみてどうでしょう。マニュアル、手順書、手引き、見本などの使い勝手はどうだったでしょうか。そういうものは無かった、ということもあるでしょう。
上司や先輩など仕事のやり方を伝える人たちもたいへんです。自分はそれなりに理解しているつもりでも、ゼロスタートの人たちにどう伝えるかは誰がやっても難しいことです。
いま、あなたはプロジェクトマネジメントを学ぼうとしています。
新入社員のときと違って仕事のやり方について当時よりも知識や経験があります。ここでは、プロジェクトマネジメントについてビジネスパーソンの方々が必要なことに絞って解説します。プロジェクトマネジメントには日常業務にも共通することがたくさんあります。プロジェクトマネジメントを知ると「仕事の正しい進め方」とは何かが見えてきます。
プロジェクトは特別な目的のために集められたメンバーで実行するまとまった仕事。これが従来からの定義ですが、同じメンバーで様ざまな企画をプロジェクトとして次々に進めていく業務スタイルも増えてきました。
目的が異なるので、これもプロジェクトとして扱うと仕事を円滑に進めることができます。
プロジェクトには、定常的な業務とは明らかに異なる点が二つあります。
ひとつは「いつ始めていつ終わらせるのか」、期間や納期が決まっていることです。
もうひとつは、そのプロジェクトだけの特別な目的(または企画)があることです。
「特別な目的のために決められた期間で終わらせる仕事」、これがプロジェクトということになります。
プロジェクトマネージャーとはプロジェクトを進めていくための中心になる人です。
プロジェクトマネージャーという呼び方は業界によってディレクター、現場監督など様ざまな呼び方があります。その差異はカバーする業務領域が異なることによるものです。いずれにしても、プロジェクトを進めていくための中心になる人という役割は共通しています。ここではプロジェクトマネージャーという呼び方で進めることにします。
プロジェクトは日常業務とは異なる目的のためにチームのメンバーが役割を分担して活動します。メンバーは役割に応じた様ざまな作業を進めていきます。
プロジェクトマネージャーは、プロジェクト全体を見守ります。プロジェクトの進行中にうまくいっていないところや、遅れていることがあれば必要な対応をとります。
また、プロジェクトには必ず依頼主があります。社内プロジェクトであれば依頼主は上司や役員です。依頼主に対してプロジェクトの進ちょく状況を報告する、これもプロジェクトマネージャーの役割になります。
といっても、役割として通常業務の延長上で対応できることが数多くあります。そしてプロジェクトの規模はメンバーが 100 名を超えるような大規模プロジェクトから3~4名までいろいろです。
初めての「マネージャー」であれば「チームリーダー」といった感じでやってみましょう。
プロジェクトマネジメントとはプロジェクトを成功させるために考え出された管理手法です。
初めてプロジェクトマネージャーを務めるとき、この手法のポイントを知っておくと便利なだけでなくとても効果的です。
「プロジェクトマネージャーとは」でも説明しましたが、プロジェクトマネージャーの役割として、プロジェクトを見守る、遅れている作業があれば必要な対策をとる、依頼主にプロジェクトの進ちょく状況を報告する、などがありました。これらをどうやるか、プロジェクトマネジメントのやり方が整理されています。
プロジェクトの場合、複数のメンバーによるチーム活動になります。異なるメンバーが同じ目的のためにそれぞれが受け持つ作業を進めていく活動です。プロジェクトマネジメントは、そのために必要な知識の図書館でもあります。必要なときに、必要なことを知ることができます。とても頼りになる存在です。
とはいえ、いきなりすべてのことを学ぶ必要はありません。必要なときに必要な知識を仕入れることにしましょう。
ここでは基本的なことを解説していきます。
プロジェクトは、もともと相反することをかかえた構造になっています。これにチャレンジするためにはそれなりのやり方(マネジメント)が必要になる、ここが出発点です。
いつもとは異なるまとまった仕事をやるとき、必要な要素を考えてみると大きく分けて次のような三つがあります。
プロジェクトと三つの要素の関係
このようにプロジェクトは「あちらを立てればこちらが立たない」という構造になっています。従って、お互いに矛盾する三つの要素をうまくバランスをとっていく必要があります。
初めからこういう矛盾をかかえていますから、プロジェクトにはただひとつの正解というものはもともと無いのです。
「ええっー」という感じですよね。仕事にはたいていの場合正解がある。正解は無いと真正面から開き直られても困ってしまいます。
そこで考えたのが「ぴったりした正解は無くてもそれなりの対応はできるはず」という発想です。どちらかというとゆるい発想ですね。もともとに矛盾がありますから、ゆるくないと無理なのです。
しかし、「ゆるくても良い」でもやはり困りますね。そこで筆者は次のように考えます。
プロジェクトの当事者としては、依頼主(発注者)と請負者(受注者)があります。それぞれ次のような役割があります。 (図表3)。
矛盾をもったこのような難しい構造について、「ゆるさ」の程度を限りなく小さくするよう両者が協力して正解に迫る努力を続ける。これならプロジェクトの正解と言ってよいでしょう。これが筆者の結論です。
ここまで述べてきたように、プロジェクトは日常業務とはかなり異なることがわかります。
社内のプロジェクトであれば、依頼主と請負者の両者で三つの要素をぴったりさせた正解に近づくようお互いに努力しましょうという契約と考えてよいでしょう。
念のためですが、ここで『契約』と言うのは、あくまで日常業務と比較するための例えとして使っています。(依頼主が社外であるプロジェクトの場合、契約締結が必要になります。契約については第7章で説明します。)
プロジェクトの開始から終了まで
主なイベントとドキュメント
まず、マネージャーとはどういう役割なのでしょうか。マネージャーとリーダーについて筆者は次のように使い分けています。
企業によってリーダーはマネージャーと同じ意味で使われることもありますが、本来は上記のように役割が異なります。
従って、プロジェクトマネージャーの場合は次のようになります。
プロジェクトマネージャーの役割は、プロジェクトに限定されます。そして、求められる最も重要なことは「見える化」です。これが実現すると、いちいち問い合わせしなくてもすむようになります。プロジェクトメンバーを含む関係者すべてに見える化することが最も重要なことです。
見える化とは状況がいつでも客観的に把握できるようになっていることです。そして、問題があるようなら対策のための行動がとれるようにしておくことです。
見える化はプロジェクトだけでなく、ビジネスの現場ではどこでも使えます。例えば、会議を開催するときです。会議資料を事前にメールやネットなどで公開しておきます。そうすると、会議では資料の説明をせずに直ちに討議から開始できます。
基本的な情報を共有できているので、すぐに必要なアクション(討議)ができます。
つまり、情報共有だけでなく次のアクションに結びつけることがポイントです。たんに情報共有だけでは見える化としては不十分です。交通信号は見える化の好例です。緑になったら進みます。情報認識と行動がセットになります。
プロジェクトマネージャーになると、当然のことながらメンバーよりも責任範囲が拡大します。メンバーのミスや作業の遅れもマネージャーの責任になります。
それから、依頼主からの「鶴のひと声」といったプロジェクトの進行の障害になる横やりが入ることもあります。これもうまく対応できないとマネージャーの責任になります。
プロジェクトマネージャーってたいへんだな~。
でも心配する必要はありません。「見える化」という力強いツールがあります。依頼主からの「鶴のひと声」的な追加オーダーも見える化で対応できます。
まず、チーム内で追加オーダーを検討します。これでプロジェクトへの影響が見える化できます。
見える化された結果を依頼主にフィードバックしコメントを求めます。ここまでがマネージャーであるあなたの責任範囲です。これから先については事態の進展に従いましょう。
世の中には良い鶴もそうでもない鶴も、両方が住んでいます。それなりにおつき合いしていけば良いだけです。
良くない鶴とはもうおつき合いしないという究極の作戦もありますが、それは本当に必要になったときのために残しておきましょう。
スケジュールの進ちょく状況は定期的に更新しますが、その他はプロジェクト開始時点で作成します。その後、新たに気づいたことや新しい解釈などを追記します。
プロジェクトマネジメント知識の学習は最小限に
プロジェクトマネジメントの知識を学ぶことは必要最小限にしましょう。より重要なことはあなたが現在担当している本来業務の知識や実務体験を深めることです。
これらを深めることこそが職業人としてのたくましい骨格をつくることにつながります。マネジメントを学ぶことは必要ですが、職業人の骨格そのものをしっかりつくり上げることを最も優先すべきです。
顧客の信頼は、あなたの業務知識や実務体験にあります。何であれマネジメントの知識は必要最小限でよいのです。
難しいスキルを学ばない
リーダーシップが欠かせない、コミュニケーションスキルこそ最重要、人間力が全て、等などさまざまなスキルが、プロジェクトマネージャーには必要と言われています。
筆者は、どれも「あったらいいね」とは思いますが、身につけるには時間がかかります。また、苦手そうに感じるスキルを学ぶ必要は全くありません。
すべてのマネジメントは誰でも扱えるように進化するものです。ポイントをシンプルに把握することがカギになります。難しいスキルをわざわざ学ぶことは、やめましょう。
依頼主から真意を聞き出す姿勢が欠かせない
プロジェクトの失敗として、納期遅れや予算超過などがあります。しかし、筆者が最も問題と思うのは、これではありません。それは依頼主にとって的ハズレの成果物をつくり出すことです。
「依頼主の言われたとおりにやりました」という言い訳は通用しません。事実として、依頼主の要求はあいまいで紛らわしかったのかもしれません。
それでも「依頼主が本当にやりたいことは何か」、ここを明確に把握することがカギになります。プロジェクトマネージャーとしてその聞き出す姿勢が問われます。
資格試験にチャレンジする前に考えよう
プロジェクトマネジメントに限らず、ほとんどの資格試験は筆記試験です。問題集をもとに集中的な受験勉強をすれば合格できます。合格したことはそのための集中力を発揮し知識を得た証明にはなりますが、その資格の実力を必ずしも保証しません。
資格試験に取り組む絶好の機会として、筆者のお薦めがあります。それは、ある程度の実務体験を経てから受験することです。もちろん、その場合でも受験勉強は必要です。
受験勉強を通じて、様ざまな知識を自分の体験と結びつけ自分なりに整理して身につけることができます。整理された知識や体験は実務を重ねるたびに、あなたの「経験」として蓄積されます。
このようなプロセスで蓄積された経験は、顧客の信頼を得るための大きな力になります。
依頼主が社外である場合はプロジェクトの契約が必要になります。
おさえておくべき重要ポイントは、基本的な用語で紹介する次の三つです。
依頼主と請負者、それぞれの合意に基づいて作成されます。これによりプロジェクトを開始することができるようになります。製造業などでは確定仕様書または発注仕様書となります。
請負者がプロジェクト完了後、依頼主に提出する報告書です。製造業などでは製品仕様書または納入仕様書となります。
プロジェクト開始後に基準計画書に対して変更が必要になった場合、両者で協議のうえ、必要な対応、それに伴う期間や価格などの変更を合意することになります。
プロジェクトは開始時点からの変更が避けられません。そのためには開始時点の条件(基準となるもの)をできる限り明確にしておく必要があります。
その目的でプロジェクトマネジメントではこのような用語が設定されています。
わが国では契約という言葉は敬遠されがちですが、どのような仕事であれ予定どおりに進むとは限りません。そのときのために最初の基準はどうだったかを両者で共有しておくことが欠かせません。
共有しておくことにより、どの程度の変更になるのか、それがプロジェクトの期間や価格にどう反映するかについて両者の協議を円滑に進めることができるようになります。
依頼主(顧客や会社の上司)やプロジェクトチームのメンバーとのコミュニケーションのために、知っておきたい基本的な用語を紹介します。
タスクフォースは軍事用語の機動部隊という内容がビジネスでも使われるようになった。プロジ ェクトとほぼ同じ意味で使われる。特別な任務を特定のメンバーで実施することは両者とも 共通しているが、タスクフォースの場合は期間が限定されない。映画「ミッション・インポシブ ル」はまさにタスクフォースが活躍する一例。
範囲、視野の意味からプロジェクトスコープとはプロジェクトの契約範囲のこと。本稿ではプロ ジェクトの最終成果物としている。契約について細かい取り決めのある米国らしい表現。
直訳すると道路地図になるが、工程表またはスケジュール表のことであって地図ではない。大 規模プロジェクトでは工程表またはスケジュール表が、確かに地図のような役割を果たしてい るが紛らわしい。
コロナ禍をきっかけにしてテレワークを採用する企業や職場が増えています。これは世界的な傾向となっています。コロナ禍が終息してもこの流れが停滞することは無くさらに進展するでしょう。
これまで、上司はあなたの仕事のやり方(プロセス)とその結果(成果物)、この二つが見えていました。テレワークでこれは変ります。基本的に、上司はあなたの仕事の成果物だけしか見えなくなります。
従って、あなたがどういう適切なプロセスで仕事をしているか、その見える化が欠かせないことになります。このように考えていくと、テレワークの進め方とプロジェクトの仕事の進め方との共通点が見えてきます。
ここでも見える化は欠かせません。まずは仕事のプロセスを見える化し、さらにはそのレベルアップをはかることが必要になります。
業務の見える化とプロセスの質的レベルアップのためには次のような課題があります。
これらの課題達成のためには次のような日常的業務を実行することが必要になります。
これらは本来の業務として実行されるべきものですがテレワークでは絶対に欠かせないものになります。テレワーク実践企業ではそのためのシステム(ソフト)を導入しています。
このようなテレワーク実践の結果として、組織にはつねに進化する業務マニュアルが生み出されることになるでしょう。
質的にレベルアップした業務マニュアルは、テレワークによる価値ある成果物(知的資産)となります。
プロジェクトには目的、資源、納期などお互いに相反する関係があります。そして、日常的業務と異なるのは、特定の目的、メンバー、納期(工期)などでした。
これらの各項目をぴったり満足させることは難しいと述べてきました。こういう相違点があり経験の少ない作業はあるにしても、プロジェクトと定常的業務は仕事の進め方としてはそれほど大きな差異はありません。
そして、「見える化」というやり方を使えば差異はほとんど無くなります。
見える化が効果的に使える、これが大きな共通点と言えるでしょう。
あなたはプロジェクトマネジメントを学ぼうとしています。ここまでおつき合いいただき、ありがとうございました。
あなたがプロジェクトマネージャーに指名されていて、まもなくプロジェクトを立ち上げることになっているならまずやるべきことがあります。
依頼主と面談してプロジェクトについての思いを語ってもらいましょう。社内のプロジェクトでしたら、メンバー全員で参加してもよいでしょう。依頼主が社外の方でしたら、メンバー全員で面会というわけにはいかないかもしれません。その場合でも、あなたひとりでなくメンバーと一緒に出かけましょう。社内や社外いずれであれ、プロジェクトチームとしての聞く耳はたくさんあったほうがよいのです。面談の目的はプロジェクトについての全体観を依頼主と共有することです。全体観とは大まかな方向性ということです。
また、初回の面談の際、帰りがけにホットライン設定のお願いをしましょう。プロジェクト進行中に何か迷うことがあったら依頼主に直接たずねるためです。
あなたがプロジェクトマネージャーに指名されるのはまだ先のことなら、現在の業務についてプロジェクトマネジメントのスタイルで取り組んでみましょう。お勧めのメニューが二つあります。
まずやるべきことは、仕事を始める前に仕事が完了した姿をイメージすることです。現在の仕事の進め方がベストとは限りません。最終的に仕事が終わった姿を想定して、そこからやるべきこと(作業)を考えてみます。例えば作業の順序を変更したほうが短時間ですむかもしれませんし、ミスが減るかもしれません。仕事が完了した姿をイメージすることは、プロジェクトに限らず、身につけておくべき効果的な仕事のやり方としてお勧めできます。
二つ目は、あなたの仕事の見える化です。見える化ができると上司を含む関係者から「あの仕事、どうなっているの?」との問い合わせがミニマムにできます。筆者はいわゆる「ほうれんそう(報告・連絡・相談)」は、限られた状況でのみ使われるものと考えています。基本は見える化を充実させた業務スタイルが望ましいと考えます。見える化ができると、担当者が急病などで休むことになっても組織の最低限の機能を維持することができます。
プロジェクトマネジメントとは「仕事の正しい進め方」です。本稿が、もうすぐプロジェクトマネージャーになる方々、将来のプロジェクトマネージャーの方々、全ての皆さまに役立つことを期待しています。
津曲 公二
株式会社ロゴ代表取締役プロジェクトマネジメント業界に20年所属し多様性あふれるわが国のカルチャーを活かすプロジェクトマネジメントのスペシャリスト。
いまそこにある組織の資源をプロジェクト発想で発掘。コロナの時代をマネジメントフリーと見える化で経営者を含む全ての働き手の職場を軽やかな空気感で満たす業務プロセスのカイゼン支援活動を展開中。
日本カイゼンプロジェクト認定講師 当サイトにてプロジェクトでカイゼンを毎週連載中