脱力・カイゼントーク 第96回

工場長に求められる資質3 人を育てる力2

前回お話しした、基本的な作業を覚えることは、あくまでもスタートラインに過ぎません。現場では常に変化や突発が起こり、マニュアル通りでは対応できない場面も多くあります。そのため、基本を身につけた後の次のステップとして「自分の頭で考えて動ける人材」を育てることが必要になります。今回はそのテーマでお話しいたします。

これを実現するために大切なのは、間違いをしないように事前になるべく多くのことを教えるのではなく、基本を理解したところで、ある程度の裁量を持たせて任せてみることです。たとえうまくいかなくても、すぐに正解を与えるのではなく、「どう思う?」「なぜそうなったのだろう?」といった自分で考えさせる問いかけを通して、自ら考える力を引き出す。こうした指導の積み重ねが、考える力を育て、応用力のある人材へと成長させていきます。

もちろん、「任せる」と言っても放任ではありません。挑戦のチャンスを与える一方で、定期的にフィードバックを返すことが欠かせません。できたこと、工夫したことはしっかりと認め、「あそこはよかったね」「次はこうするともっと良くなるよ」と、前向きな言葉をかける。失敗があっても、「大丈夫、一緒に考えよう!」と同じ目線で仕事を振り返り、信頼関係を深めながら失敗から学ぶ経験を積ませる。こうした積み重ねが、安心感と信頼を生み、人は伸びていくのです。

「任せる」「振り返る」を意識した育成には、失敗の経験も大切な学びになります。実際、以前に倒産の危機に陥ったヘルメット製造のA社を、カイゼンを実行して上場企業に引き上げたB社長は常々「上手に失敗体験を積ませること」の大切さを説いており、部下の取り組みが失敗すると分かっていても、大失敗でない限り敢えて止めず、失敗させるとおっしゃっていました。事実そのような失敗からの学びを経験した部下は期待通りに成長し会社の立ち直りに大いに貢献しました。

さらに、工場長が人を育てるうえで、もう一つ大切なのが「次の目標を伝えること」です。「段取りは随分上手になったね、次回から一人で段取りをしてもらうことにするから準備しておいてね」「次は、材料歩留を上げるカイゼンをしてほしい」といった言葉は、何よりも大きな励みになります。過度なプレッシャーにならないよう配慮しながらも、「自分の役割がここにある」と感じることは、「自分はこの職場に必要とされている」という実感につながり、成長への大きな推進力を育てます。

人を育てることには時間がかかります。成果が出るまでに数ヶ月、時には数年かかることもあります。それでも、こまめに関わり続けてじっくりと見守っていくことで、その人はやがてチームを支える存在へと成長していきます。小さな成功体験を重ねながら、自信を持ち、周囲と力を合わせていく。そうした人材が増えることで、工場全体の力は飛躍的に高まっていくのです。

こうした育成には根気がいりますが、特別な才能が求められるわけではありません。相手のことをよく観察し、小さな変化に気づき、困っているときには声をかけ、できたことを見つけて素直に褒める。失敗しても責めずに一緒に考え、支え続ける。こうした一つひとつの丁寧な関わりが、育成の土台を築き、やがて現場を支える人間関係へとつながっていきます。

これからの時代、少子高齢化が進み労働人口が急速に減少していく中で、「人をどう活かすか」が工場経営の重要なテーマになります。AIやロボットが一部の作業を代替できるようになっても、「人を育てる」という役割はなくなりません。人を育てる姿勢を持った工場長が現場に増えていくことで、人の力を活かす組織文化が醸成されていきます。それが、これからの時代を生き抜く強い工場をつくっていく原動力になるのです。