前回、経営者と現場はまるで違う言語を使っているように感じられる時があると申し上げましたが、今回は逆から見た状況をお話しいたします。
社長の指示が現場に正しく伝わらないケースが多い一方で、現場の声が社長に届かず、カイゼンの機会が失われてしまうことも少なくありません。ここにも残念ながら「言葉のズレ」が存在しています。
現場で話をしていると、「これを変えたら良くなるのに…」といった現場ならではの気付きに出会うことがあります。コンサルタントの私にはカイゼンのヒントそのものなので、非常に貴重な情報ですが、その貴重な情報が正しく上司や社長には伝わらないことが多いのです。
なぜそのような行き違いが生まれるのか?それは、現場の声が「十分な説明」を伴っていないために、他部署への批判として受け取られてしまったり、相手の立場や事情への配慮が欠けた一方的な意見として扱われてしまったりするからです。つまり、現場からの情報は、大切な「気付き」は含まれていても、上手な「伝え方」が整っていないために、相手に届かないということです。
精密機械加工業A社の生産技術部は設備の生産性向上の責任を負っています。具体的には、設備故障を減らすこと、故障が起きた際の停止時間を短くすること、それと段取り替えなどの付随時間の短縮です。その目的で、生産現場の設備オペレーターがどのタイミングで何をどのようにしているのかなど、生産の詳細がはっきり分かるように日報の記述をもう少し細かくしてほしいと依頼をしました。しかし、紙の日報にすべての情報を正確に抜けなく記入するのは難しく、必要な情報を集めることはできませんでした。
そこで生産技術部の担当者は展示会に出向き、選択肢をクリックするだけで必要な項目が入力でき、さらに音声入力も可能で値段も想定内という優れたアプリを見つけ、社長に購入を提案しました。
ところが、社長の反応は予想外でした。「デジタルもいいが、その前に今はどうなっているのか?作業者がどのようなことをしているのか?をしっかり調べる必要がある」という返事だったのです。すなわち、買う前にすることがあるだろうという問いかけだと私は思いました。
しかし、担当者はそのことが理解できず、「今作業者が何をしているかが分からないので、それを分かるようにするアプリを買おうとしているのです。」と社長は何を言っているのだ?というような答えを返しました。
「アプリ導入の前に何をしているかを知る必要がある」、「何をしているかを知ることが必要なので、それを知るアプリが必要です」というやり取りを両者が数回繰り返しました。
社長からすれば、「十分な観察・理解」という“必要条件”がまだ満たされていないと見ており、担当者からすれば、「アプリの導入」こそが“十分条件”であり、必要条件でもあると捉えているのです。両者は「現場を把握する」ことの重要性では一致しているのに、それを「どうやって実現するか」がズレているために、対話がすれ違ってしまったのです。
このように、意見が真っ向から対立しているように見えるときでも、よくよく聞いてみると目的は同じであり、問題は「手段の選び方」にあることが多いものです。この事例の場合、生産技術部はまずは自分たちの目で現状を把握し、それを前提にアプリの導入を説明するべきでしたがしておらず、情報が不十分であったと言えます。互いの意図をくみ取りながら、必要条件と十分条件の関係を丁寧にすり合わせていくことが、現場と経営をつなぐカギになるのだと、改めて感じた事例でした。
カイゼンの現場では「社長の言葉のカイゼン」だけでなく、「現場の言葉のカイゼン」も不可欠です。現場の人たちの具体的な言葉が、工場全体のカイゼンを動かす力になるのです。ただし、現場の言葉を変えるだけでなく、それを聞く側も、ここでお話しした現場が本当に言いたいことを推察して理解しようとする努力が必要だと思います。そういう努力を両社が続けていくことで「言語の統一」が達成されると思っています。