脱力・カイゼントーク 第89回

言語を変える

世の中の変化が一段と大きく、かつスピードを増している今、経営者の言葉による指示の重みはこれまで以上に増しています。しかし残念ながら、社長の意図が現場に正しく伝わらず、誤解や行き違いが生じてトラブルにつながっているケースを数多く目にします。私もカイゼンコンサルタントとして、さまざまな企業のカイゼン現場に立ち会う中で、その「言葉のズレ」の深刻さを痛感してきました。経営者と現場はまるで違う言語を使っているように感じられる時があります。

たとえば社長が「工場をきれいにしろ」と指示したとき、ある職長は「お客様対応の指示」と捉えて通路に花を飾り、見た目の美化に力を入れました。一方で、別の職長は「自分が掃除している職場が汚いと言われた」と思い込み、設備や床を丹念に拭き掃除しました。しかし、実は社長が本当に求めていたのは「不要なものを徹底的に片付け、スッキリした状態を作ること」だった、といった話は珍しくありません。実際、A社で3Sを進めた際、現場の皆さんの総意で工場のあちこちに置いてあった造花の飾り物を全て廃却することになった事例がありました。

社長の言葉は現場からすれば「絶対的な命令」と受け止められがちです。たとえ社長が気楽に「この件にについて意見を出してほしい」と投げかけても、部下は「意見を出せ」という強い命令と感じて萎縮してしまいます。あるいは、「どうせ言っても通らないだろう」と、より良いカイゼン策を知っていても口にしないこともあるようです。こうした雰囲気が続くと、社長がどんなにカイゼンを望んでも現場は動かず、意欲も低下してしまいます。

また、社長が現場への関心を欠き、日頃からの対話が不足していると、指示がどんどん抽象的になり、「売り上げを伸ばせ」「コストを下げろ」といった大雑把な言葉しか出てこなくなります。社長としては「きちんと言ったつもり」かもしれませんが、現場の人たちからすれば何をどうすればいいのか具体策が分からず、結局何も変わらないままであり続けることも起きえます。こうして「言う側」と「聞く側(やらされる側)」のすれ違いが積み重なり、社長の期待が伝わらないまま時間だけが過ぎてしまいます。

そのうえ、せっかく現場が社長の意図を汲んだつもりで努力し、カイゼンを実施しても、後から「これは違う」と言われてしまえばガッカリします。最初にもう少し具体的に教えてくれればいいのに、というのが現場の本音です。行き違いが重なるほどモチベーションが下がり、極端な場合には人材流出につながることもあるでしょう。

こうした状況を防ぐためにコンサルタントである私は、「社長と現場はもともと違う言語を話している」という前提を認識したうえで、そのギャップを埋める「通訳」の役割を果たすことをしています。社長の思いを現場の言葉に翻訳し、逆に現場の声を社長に正しく返していくことで、社長が目指すカイゼンの方向性を明確にしながら、現場にも納得感を持って取り組んでもらえるよう橋渡しをするのです。

最終的に、社長がカイゼンの指示を出す際に「言葉の選び方」はとても大切です。同じ表現でも、誰が、どんな状況で言うかによって受け止め方は大きく変わります。だからこそ、社長自身が現場をよく理解し、なるべく具体的かつ明確な表現を選ぶことが、良いカイゼンを生むうえでのカギになります。実際、社長の一言がカイゼンの大きな方向性を左右するケースを数多く見てきました。

もちろん、一朝一夕にすべてを変えるのは難しいかもしれません。しかし、社長が現場との対話を重視し、言葉を選ぶ際に気を配りながら、「どうすればお互いの意図が噛み合うか」を少しずつ積み上げていけば、カイゼンの成果も着実に上がっていきます。