先日、出張先のホテルで仕事をしていたときのことです。オートロックのはずの部屋のドアから、見知らぬ酩酊状態の中年男性が突然入ってきました。驚いて立ち上がり、「どなたですか?」と声をかけると、「すみません」と言い残してすぐに出て行きました。しかし、ドアがなぜ開いてしまったのか理解できず、すぐフロントへ電話をして状況を伝えると、スタッフは慌てた様子で謝罪し、次のように説明しました。
実はこのチェーンホテルには隣接した場所に同じチェーンの別館があり、彼はそちらの宿泊客だったのだそうです。酔った彼は誤って私が泊まっていたホテルに入り込み、同じ部屋番号の部屋(私の部屋)に入ろうとしました。問題は、彼がカードキーを紛失していたことでした。彼は部屋番号が書かれた紙製のカードキーケース(チェックインの際に受け取るカードキーが収納されている封筒のようなもの)をフロントに見せ、「カードキーを再発行してくれ」と要求。フロントスタッフは、本来ならば名前を確認すべきところを、彼の「早くしろ!」という怒鳴り声に圧倒されて確認をしないままカードキーを発行してしまったのです。
この一件で私はフロントに再発防止を要望しました。すると翌日、マネージャーからメールが届き、「従来の『名前を確認する』ルールだけでは不十分と判断し、新たに用紙に記入させる方式に変更し、同ホテルチェーン全店へ即日周知した」との報告がありました。そのための用紙の写真も添付されていました。事件自体は嬉しくない出来事でしたが、それに対するホテル側のスピード感あるカイゼン対応に感心し、安心した気持ちになりました。
今回の件で改めて感じたのは、「標準ルールがあるからといって、必ずしも100%守られるわけではない」という現実です。「カードキーの再発行時には必ず宿泊者の名前を確認する」というルールが存在していたにもかかわらず、“口頭で確認すれば十分”という曖昧さが、この出来事を招いたのです。
私も製造業の現場でカイゼン会を行う際に、品質不良や不安全行為を見つけたら、その場ですぐ対策を打つことを徹底しています。「後でやる」と先延ばしにせず、即実行するのです。その即時対応こそが、大きな事故やクレームに発展するのを防ぐ「再発防止」の最善策だからです。
しかし、今回の事件のように普通であれば起こり得ないことに対する準備も必要です。そしてそれこそが「未然防止」という最高レベルの品質不良対策になると思います。そのためには何をどうすればいいのか?ですが、「他にもこんなことが起きる可能性はないか?」という議論を定期的に実行することだと考えています。そのためには頭を柔らかくして、どんな意見も否定しない「心理的安全性」の高い議論ができたらいいですね。最近、私は現場で何か問題を見付けた時は、それ以外の可能性についても議論するようにしています。現場で事実を前にして話し合うと、臨場感が高いのでいろいろなアイデアが生まれやすいからです。
標準の役割は、ムダを省くだけでなく、安全と信頼性を確保することにもなります。急がされたり、プレッシャーがかかったりした時に、標準を軽んじれば思わぬトラブルが待ち受けています。一人ひとりが標準を守る意識をもち、万一守れない状況があればそれをカイゼンする、その積み重ねこそが、組織全体の品質や安全性を高めるのです。
今回の出来事を通して、改めて「標準を守ることの大切さ」と「未然防止の重要性」を痛感しました。これからも日々の業務において、標準をしっかりと守りつつ、さらに良くできる部分があれば即カイゼンし、現場力を高めていきたいと思います。