前回は、若い社員に残業や休日出勤を依頼する際、目的や条件を明確に示した上で判断を委ねるということをしなかったため、せっかく入った若手社員が退職してしまったという事例を紹介しました。今回は、その逆に、しっかりと目的と条件を提示した上で、本人に判断を委ねたことによる成功事例をご紹介します。
精密板金加工を手がけるD社では、営業部門がより付加価値の高い製品の受注を進める活動を展開していました。その一環として、これまで取引のなかったE社から高級感の高い3層の塗装が必要な製品を受注しました。しかし、実際に生産を開始すると、3層の塗装はD社では初体験の作業であり、不良品が多発しました。その結果、手直しや設備調整などで生産スピードが従来の30%くらいしか出ず、生産が大幅に遅れ、このままでは利益どころか会社の評判にも影響を及ぼしかねない事態となりました。
製造部門はもちろん、技術部門や生産技術部門、品質管理部門が集まり議論をした結果、原因はゴミやキズの許容レベルが格段に上がり、それまでの環境レベルでは修正、手直しなしの状態で3割の合格率がせいぜいな状況と分かりました。対応策は徹底した整理整頓でモノが触れ合うことで起きるキズを防ぎ、清掃でゴミをなくすという基本的な3Sなのですが、ただでさえ生産が遅れた状況下でそれを実行できる人がそこにはおらず、「なぜこんな案件を受注したのか!」と営業部門を責める声も上がる始末でした。
困り果てた営業部長のFさんは、この課題を実行できる人を探すことが必要になり、社内の人材を細かく調べ、そして、思い切った決断を下しました。それは、現在事務作業をしている入社3年目の女性社員Gさんの抜擢です。彼女が社内でトップクラスのカイゼン提案をしている人だということと、仕事で見せる前向きな考え方と行動力を評価しての抜擢でした。しかし、彼女は普段事務所で仕事をしている完全な“スタッフ部門”の人であり、製造現場の作業経験は皆無で、まさに「驚きの決断」でした。
当然、Gさんは「なぜ私が?」と疑問を抱きました。もしここでF部長が「会社のためだから頑張ってほしい」と一方的に指示を出していたら、彼女は納得できず、モチベーションも上がらなかったでしょう。F部長はGさんにプロジェクトの参加を依頼する際、現在の会社のニーズと彼女に頼みたい理由を説明した上で、彼女の考えをしっかりと聞き、納得できる形を模索しました。その結果、F部長はGさんの考えをくみ取って、「うまく行っても行かなくても、プロジェクトは1年以内に終えることと、カイゼン実行で必要になる人やそれにかかる費用の支援を会社がすること」、「残業や休日出勤の手当ては現場のルールですべて払われることと、代休は確実に取れること」、そして「活動の成果が明確に評価され、会社のキャリアに活かされること」という3つの条件をまとめて提示しました。
Gさんは納得し現場作業者としての仕事を開始しました。普段は事務所で仕事をしていた彼女が作業服を着て現場に立つ姿に、現場の人たちは最初「事務所の人が何をするんだ?」と戸惑い気味でした。しかし、彼女は真摯に現場の人から作業を学び、塗装の勉強をしながら、不良原因の分析とカイゼンアイデアの提案を繰り返しました。次第にその熱意が伝わり、現場の人たちも協力的になっていき、試行錯誤の末、塗装品質の改善に成功し、E社への納入も無事達成することができ、プロジェクトは見事成功を収めました。
この成果は社内で大きく評価され、Gさんは全社カイゼン発表会で社長賞を受賞しました。現場経験ゼロのスタッフ部門出身者が、ものづくりの現場に飛び込んで成果を上げたという「驚きのカイゼン成功例」は、社長をはじめ多くの人から高い評価を受ける結果になりました。
この事例が示しているのは、若い世代の人たちの能力を引き出し、成果につなげるには、単に「やれ!」と指示するのではなく、彼らが納得できる形を整えることが重要だということです。会社にとって重要な仕事ほど、協力を求める側も明確な条件を提示し、本人が納得した上で取り組めるようにすべきです。この事例では上司がプロジェクトの目的を説明した上で、彼女の意見を尊重し要望を満たしたことが成功の要因でした。もしこれを怠れば、前回の失敗事例のように、Gさんも不満を抱えて辞めてしまう結果になっていたかもしれません。
Z世代のような若い社員の力を引き出すには、指示だけでなく納得できる環境を整え、対話を重視することが重要です。適切な条件を提示し、本人の意見を尊重することで、成果につながり、組織の成長にも貢献できると確信しています。