脱力・カイゼントーク 第68回

身近なデジタルの話 2-5 まとめ

これまで4回にわたって「身近なデジタルの話」をテーマに、従業員教育の重要性について述べてきました。今回はその総まとめとして、企業が教育に取り組むべき理由と今後の課題を再確認します。

初回の「脱力・カイゼントーク64」では、石破首相が所信表明演説で「賃上げと投資がけん引する成長型経済」を目指すと述べ、その手段の一つとして「リスキリング(学び直し)」など従業員への投資を強調したことをお伝えしました。また、日本は企業が教育にお金や時間をかけておらず、個人の勉強時間も少ないことや、日本の製造業の労働生産性は2000年にはOECD加盟国中で第1位だったものの、2021年には18位にまで下落しているというネガティブな情報も紹介しました。

これまでの日本の製造業の教育を考えると、労働生産性が世界トップであった時も、OJT中心の職場教育訓練が主流で、今と大きく変わっていなかったと思います。これには日本の新卒採用のような専門性を問わない「メンバーシップ型」と呼ばれる雇用形態が大きく関係しています。この形態は職務内容よりも企業への帰属意識や長期的な雇用関係を重視し、従業員がお互いを助け合いながら成長する環境を生み出していました。

加えて、高度成長期の日本の製造業のモノづくりは欧米に追い付け追い越せの「キャッチアップ型」でした。カイゼン活動に代表されるモノづくりの力を活かし、テレビや自動車など、既に欧米で開発され市場拡大が期待されていた商品を、高性能で故障しない「メイド・イン・ジャパン」製品として生産しました。この時の「キャッチアップ型」は「何を作るか」という新しいことではなく「どう安く速く良くつくるか」が中心であったため、専門教育が必要な知識や技術がなくても、トライアンドエラーを繰り返しながらOJT教育でカイゼンを学び実行し、労働生産性を高め利益を生み出していました。そのトライアンドエラーの繰り返しが「OJT教育は正しい」という思い込みを根付かせ、現在の課題を引き起こしているのかもしれません。カイゼン力は向上しましたが、新しい技術教育への投資は少ないまま、今に至っています。

このように長い期間、専門教育への投資をしてこなかったため、日本企業の経営者の中には、従業員を育成した結果、力を付けた社員が好条件の会社に転職してしまうのではないかと不安に感じる方も多いようです。しかし、現在の日本は「キャッチアップ型」から「先駆者型」にシフトし、新たな技術や製品を生み出す力が求められています。このような変化の中で、企業が社員に求める役割は明確になり、雇用体系も「メンバーシップ型」から、職務内容や役割を明確に定義しその業務に適した人材を採用・評価する「ジョブ型」へと移行しつつあります。専門的なスキル習得がより重視され、教育への投資は社員に自己成長の機会を提供し、企業への愛着心を高める効果もあります。優れた教育制度と魅力的な職場環境を整えることが、社員が長く働き続ける理由になります。教育は人材確保だけでなく、企業全体の魅力向上にも貢献すると考えています。

会員のT社は、現場カイゼンとデジタル化を自分たちで推進するため、大学の研究室と連携し、勤務時間内に人間工学やデジタル技術の講義を行うなどの教育を始めています。パートタイマーも含め全員が参加できる仕組みを整えたことで、作業担当者からも「新しい知識を得て実践することが刺激になる」という好意的な声が聞かれました。これにより、生産性向上や品質向上といった効果が生まれ、企業全体の競争力が高まりました。

成長型経済への転換を実現するためには、従業員教育を後回しにしていては、経営の持続性や生産性の向上は望めません。教育への投資は未来への投資です。これからは教育を単なるコスト削減の対象ではなく、競争力を築く基盤として位置付け、従業員の成長を支える環境を整えることが不可欠です。積極的に人材を育成して、新しいビジネスチャンスをつかむ力を養い、組織全体の成長につなげていきましょう!