賃上げを継続的に実行するにはデジタル化を避けて通れないということで、3回に分けて「デジタル化について考える」というタイトルでお話ししました。そして、日本の中小企業はこれまでに培ったカイゼン力を活かしたボトムアップのアプローチを取るべきだとお伝えしました。
しかし、日本のデジタル競争力は現在、世界で32位です。現在のボトムアップのやり方だけでは不十分で、カイゼンする必要があります。これまでの現場中心のボトムアップのアプローチは、「問題解決型」に留まりがちで、部分最適のカイゼンに終ることが多いです。そうならないためには、経営者がより高い視点から「課題達成型」の経営カイゼンのテーマを打ち出し、それをボトムアップで実現するアプローチに変える必要があります。
そこで、経営者は全社的なカイゼンの必要項目を明確にし、これまではできなかったが、デジタル技術を活用することで解決できるかもしれないと考え、デジタル化を導入した更なるカイゼンにチャレンジすることが重要です。
例えば、自動車部品製造のU社では、カイゼン会で社長を中心に各部門が集まり、社内にある複数の部門がかかわる問題についての話し合いをしました。
最初に、製造部に対して営業部から生産状況の問い合わせが頻繁にあり、製造部が対応に追われているという問題が出されました。営業部も頻繁に問い合わせをすることを申し訳ないとは思うものの、お客様からの急な変更対応などで聞かないわけにはいかないという苦しい状況でした。次に、技術部から、設備メンテナンスの際、現場の日常メンテの記録と技術部の定期メンテの記録が別々の帳票に記載されており、両方を照らし合わせるのが大変だという問題が出されました。
これらはすべて部門間にまたがる情報の課題です。それまでそれぞれの部門間で電話やメールや紙の書類を使って精一杯の対応をしていましたが、とても大変であり、大きな問題になることもありました。しかし、今回は社長を交えて各部門への課題を明確にした上で全体最適の立場で意見を交わすことで、デジタル技術を使えば課題解決できるという結論に至りました。結果としてデジタルの活用をすることになりましたが、これはデジタル化の実現を目的とした話し合いではなく、内容は基本的な経営の効率化の話し合いでした。
具体的には、U社では製造の日報記録を紙からタブレット入力に変え、生産状況をリアルタイムに関係部署に共有化した結果、営業部が電話での問い合わせをする必要がなくなりました。また、製造部と技術部は、両部門のメンテナンス記録をクラウド上の1枚のファイルに集約し、すべての状況を一覧できるようにして問題を解決しました。これまでは、部門間にまたがるテーマの場合は効率的な解決方法が見つからず手が打てずにいましたが、今後はデジタルを用いることで速度感、共有率、対応力などの向上が見込めると分かったので、更なる問題解決に取り組むことができます。
私は50年前に日産自動車に入社し、そこでカイゼン活動を始めました。当時のカイゼンは、5Sやムダ取りなど、現場で身体を使って行うものでした。その後コンサルタントになってからも、長い間、現場活動が中心のコンサルティングを行ってきました。最近になって、そこにIoTのような新しい技術が登場し、私はそれをデジタル化という新しいカイゼンの登場と捉えた時がありました。しかし、今回のU社のカイゼン経験を通じて、経営やカイゼンの基本的な構造は昔も今も変わっていないということがはっきり分かります。従来のカイゼン技術では解決できなかった問題が、デジタル技術の活用で解決できるようになったということだと位置付けられます。当たり前ではありますが、デジタル化はあくまで手段であり、目的ではありません。大切なのは、問題を見つけ出し、それを解決する意欲です。
改めて、全社でカイゼンしなければいけないことは何かという視点で、現場を見直しましょう!