4月になりました。新入社員が入社する季節です。新しい環境に飛び込む新人たちは、期待と不安が入り混じった複雑な気持ちでいることでしょう。最近の若い人たちは、インターネットやSNSの普及により情報量が膨大になっているため、自分と他者を比較する機会も増え、「自分はこの会社に合っているのか?」「うまくやれているのか?」といった不安やプレッシャーを抱えやすいそうです。さらに、職場での直接のコミュニケーションに苦手意識を持つ人も少なくないといわれています。
そんなことを考えていて、ふと50年以上前、私が新入社員だった頃のことを思い出しました。もちろん、当時はSNSもスマホもなく、今とは全く違う環境でした。それでも「自分は能力がないのではないか?」という不安に駆られたのです。実際、私は入社して数ヶ月で自信を失い、秋ごろには体調を崩して1週間も会社を休んでしまいました。熱が下がらず、ただ家でおとなしくしていましたが、今振り返ると、あの時の私は心の疲れが体に出てしまっていたのだと思います。
当時はまだ「メンタルヘルス」という言葉すらなく、相談窓口やカウンセリングといった仕組みも存在しませんでした。自分の悩みは自分で解決するしかないと思い込んでいて、周囲に助けを求めるという発想すらなかったのです。この頃のことを妻は覚えていて、「いつも辛そうだった。今の時代だったら会社を辞めていたかもね」と言われたことがあります。確かに、あの頃の私はいつ辞めてもおかしくないほど追い詰められていたのかもしれません。しかし結果として、会社を辞めずにその後復調し、仕事を続けることができました。
「昔は厳しかった」「今の若者は弱い」などと言いたいわけではありません。時代が変わり、価値観や働き方も多様化しています。それに伴って、新入社員が抱える悩みや不安も、以前とは異なる形で現れるようになりました。かつての私のように「自分は能力がないのではないか?」と思い詰める人もいれば、「この会社に合っているのか?」「自分はこの仕事に向いているのか?」と悩む人もいます。こうした不安は決して「根性がないから」起きているのではなく、社会の変化とともに生まれた自然な現象ではないでしょうか。
昔の日本企業では終身雇用と年功序列のもと、新入社員は会社に馴染むまで厳しい環境に耐えながら成長することが期待されていました。上司や先輩の指導には時に厳しい言葉がありましたが、「一人前になるために必要だ」という背景があったのです。しかし、現代では状況が大きく変化しました。終身雇用や年功序列は後退し、一方では働き方改革やワークライフバランスの重視、さらにはメンタルヘルスへの関心の高まりにより、企業は従業員の健康を守る責任を強く求められるようになっています。
現代の新入社員は、かつてのように会社に「すべてを捧げる」という意識が薄れ、プライベートの時間や自己成長を大切にする傾向があります。さらに、直接の対話が減ったことで、ちょっとした雑談や気軽な相談の機会が少なくなり、職場で孤立感を抱きやすくなっている面もあるでしょう。
私自身、当時は「何とかしなければいけない」と自分に言い聞かせながら、必死に乗り越えようとしていました。今振り返るとかなり危うい状態だったのだと思います。一方では、気付かないうちに上司や先輩からのサポートに助けられていた面も多々あったと思います。時代は変わりましたが、「新入社員が自分の居場所を見つけ、安心して働ける環境を整える」という本質的な課題は、昔も今も変わりません。
人をきちんと育てることは、とても難しいものです。厳しく接すれば「辛くて辞めたい」と感じさせてしまい、逆に甘く接すれば「ここでは成長できない」と思われてしまう、そのバランスの見極めが求められる場面は少なくありません。だからこそ、人を育てるうえでは、日頃からの人と人とのつながりが何より大切だと感じます。
これからの時代、新入社員が抱える不安や悩みに寄り添い、彼らの可能性を最大限に引き出す環境づくりは、企業にとって欠かせない取り組みだと思います。メンター制度や1on1ミーティングなどの仕組みを活用し、ちょっとした声かけや励ましを積み重ねることで、若い世代は「自分は一人ではない」と早い段階で気づき、自分らしいキャリアを見出すきっかけを得られるでしょう。私自身、過去に追い詰められた経験があるからこそ、そうしたサポートの大切さを痛感しています。
日本カイゼンプロジェクト
会長 柿内幸夫