9月には大きな台風があり、各地に深刻な被害が起きました。10月も大雨の恐れがあり、引き続き警戒が必要です。
先月のことですが、A社の近隣地域に台風による大雨の予報が出されました。A社は30年ほど前に川の氾濫で大きな被害を受けたことがあり、その際、床を1メートルかさ上げする大工事を行いました。当時は万全の対策でしたが、最近の異常気象を考えると、必ずしも十分とは言えなくなりました。そこで、A社の社長は「万が一に備えよう」と考え、以前は常備していた土嚢を用意しようとしました。しかし、倉庫を確認したところ、すべて廃棄されており、一つも残っていませんでした。30年前の対策で十分だと思われ、不要と判断されたのでしょう。
社長は今から準備して必要なものが必要な日に揃うのか不安に感じましたが、すぐに頭を切り替え、インターネットで調べました。すると、段ボール箱やビニール袋を活用した土嚢の代替品の情報が見つかり、社内で準備を始めました。そして迎えた当日、予報通り大雨が降りましたが、川の氾濫には至りませんでした。しかしながら、A社の社員たちが「準備してよかった」と感じるほどの豪雨でした。他県では過去にない大きな被害が出ていることもあり、これからはこのような準備が即座にできるように材料や道具を常備し、使用時は誰でもすぐに準備に取りかかれるように整頓して、分かり易い表示も付けて収納しました。
この話を聞いて、私は「未然防止活動の大切さと難しさ」を改めて考えました。いかなる備えも、過去の経験と現状の予測とのバランスが必要で、完璧な対策は存在しません。しかし、リスクに備える行動は、組織の危機意識を高め、最悪の事態への柔軟な対応力を養います。「備えあれば憂いなし」という言葉の重みを再認識し、日々の変化に対応するための準備と意識を持ち続けることが重要です。
後日、社長に話を伺うと、最初は「本当に準備が必要なのか?」と半信半疑だった社員もいましたが、実際に準備を進める過程で、過去の経験者の話を聞いたり、皆で土嚢を作ったりするうちに、災害の恐ろしさが実感として伝わりました。そこからさまざまなアイデアが生まれ、社長の予想をはるかに超える対策が行われたそうです。
社長は、社員たちがワイワイと議論しながらテキパキと準備する姿を見て、「一致団結の力のすごさを実感しました。これからの時代の変化に対して、一致団結してカイゼン活動を実行していきたい」とおっしゃいました。
最近は「コスパ」(コストパフォーマンス)や「タイパ」(タイムパフォーマンス)といった言葉がよく使われ、準備をしても使われなければムダだと感じる人も多いかもしれません。しかし、安全や品質に関する事故は、起きる1秒前までは何の問題もなく、いったん起これば取り返しがつかないものです。尊い人命や会社の経営が失われる可能性に備えるのですから、判断基準はコストや時間ではなく、リスクに対する想像力と機動力であるべきです。事故が起きた際に「想定外」という言葉が使われることがありますが、それは「想定の仕方」に問題があったと考えざるを得ません。
最近の気象の変動や社会の変化を見ると、これまでの前提を覆さざるを得ないような出来事が続いているように思えます。まさにVUCAの時代で、何が起きるか全く予測できません。だからこそ、会社では「これから起きることに対して準備ができているか?」をチェックし、できない理由ではなく、どうやってやるかの方法を考えることが大切です。
このところ頻繁にお話ししているデジタル化も、その準備の一つです。従来のカイゼンとは異なり、初めて取り組むにはハードルが高いと感じる方もいるかもしれませんが、決して無理なことではありません。すぐにやらずに様子を見ることによって、取り返しがつかない事態になるという想定も必要だと思います。継続的な賃上げを実現するために欠かせないデジタル化ですが、現在の状況に合わせて一歩ずつカイゼンを始めていきましょう。日本カイゼンプロジェクトでは、このテーマでの勉強会を計画しています。
日本カイゼンプロジェクト
会長 柿内幸夫